珍しく手伝いを申し出たジェミス・ウィルゴーと共に夕食の片づけを終えてエディニィは一息ついた。 「意外に使えるのね。助かったわ」 「いえいえ、どういたしまして」 「結構時間を食ったけど、セグラン様は放っておいて大丈夫なの?」 「お宅の近衛副兵長殿と歓談中なんでね、邪魔しないように出て来たんだ。もう少しここにいるよ。それとも、俺がいては迷惑かい?誰か誤解されたくない人でもいるのかなー?」 エディニィは王子の天幕に隣接した近衛待機用の天幕内を忙しそうに行き来し、縫製箱を前にして座った。手元に青角灯を引き寄せ、針に糸を通す。 「アズガルが隣で寝ているから静かにしてちょうだい。あんたと二人きりでいたからってなんだっていうの?別に誰もなんとも思わないわよ。クレイとダリーは留守だからお相手できないし、私はこれからちょっと繕いものをするからなにもおかまいできないけど、居場所がないならいればいいわ」 ジェミスはしばらくおとなしくしていた。足を崩して楽に座り、エディニィの針仕事の様子をじっと眺めている。 黙っているのに飽きたように、ジェミスは口を利いた。 「それ、キルヴァ王子の皮手袋かい?」 「ええ、そう。指先に穴が開きそうなの。本当は新しいものをお使いになればいいと思うのだけれど、王子がこれの方が慣れて使いやすいっておっしゃるから」 「で、一生懸命補強縫製しているわけだ」 「ちょっと繕っているだけよ」 「王子に惚れてるのかい」 無分別で唐突な指摘にも、エディニィはびくともしなかった。 「そんなわけがないでしょう」 「本当に?」 「私は身の程を知っているわ。だいたい、王子は先達てライヒェン国の末姫君とご婚約されたばかりでしょう。他の女の出る幕なんてない――ああ、いまの内緒ね。まだ公にはされていないんだったわ」 「……泣くなら、胸を貸そうか?」 「だから、どうして」 「いや、悲しそうな顔をしているから」 エディニィは震えまいとして、縫物を中断し、太腿に手を休めた。目元が緩まないよう緊張させ、ジェミスを軽く睨みつける。 「……あまり察しのいい男は嫌われるわよ?私はひとりで平気だから、放っておいて」 ジェミスは諸手を差し上げて反意のないことを示した。 「はいはい、余計なおせっかいはしませんよ。でも――」 骨ばった腕が伸びて、エディニィの肩を抱えるようにさらう。慰めるようにおかれた手は思いのほか温かく、嫌味がなく、思いやりに満ちていた。 「女をひとりで泣かせるのは俺の主義じゃないんでね」 「……変な恰好しているくせに」 「個性的と言え」 「……奇抜な恰好しているくせに、意外に騎士道精神旺盛なのね?驚いたわ」 エディニィはそっとジェミスの胸に掌をついて、離れた。 「一応お礼を言っておくわ。気にかけてくれてありがとう。でも、大丈夫よ。私は泣かない。だってはじめからわかりきっていたことだもの。いいのよ、ただ、お傍にいられればそれで……」 「俺がよくない」 怪訝そうにエディニィが眼をしばたたく。 「あんた関係ないじゃない」 「……この流れでどうしてそうつれないことを言うかな。あのなあ、どうでもいいと思っている女に男が優しくするわけがないだろうが」 「……あんた、まさか、私に気があるの?」 「その、嫌そうな顔はよせ。いいだろ、別に。俺は気丈な女が好きなんだ。男の隣で平気で戦場を駆けていくような女は特にな。それに美人で脚がきれいで気が利いて料理がうまくて健気な女なんて言うことない。王子のことはとっとと諦めて、俺にしておけ」 エディニィは取り合わず、繕いものを済ませた。 「返事は?」 「お断り」 「どうして」 「気が向かないわ。自分の心に正直でいたいの。だいたい、明日にもスザンと一戦交えるっていうになんでそんなに呑気なの。仕事しなさいよ。それか、そんなに暇なら、私とちょっと仕合してよ。新しいナイフを手に入れたの。重みと使い勝手の感触を確かめたいから相手になってくれたら助かるわ」 「真っ暗だぜ?」 エディニィはさっと辺りを片づけて、身支度を整えた。髪を高く結いあげる。気乗りしなさそうなジェミスを外に追いたてながら言った。 「暗いからいいのよ。夜目にならさなきゃ。緒戦はたぶん、闇の中よ」
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