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作品名:天人伝承 作者:安芸

第39回   第三章 戦場に咲き狂うということ・2
 ディレクがキルヴァを伴って会議場に戻ったときには既に席は埋まっていた。十の領地の領主と軍師と次軍師、それに議事進行役と書記、政務官と庶務官、内務大臣二名と外務大臣ニ名が円卓を囲んでいる。
 皆、キルヴァの姿を認めると一斉に起立して礼を尽くした。議事進行役がディレク王の隣に席を設けようと、小さな動作で席の移動を申し送ったところ、内務大臣のガストロ・マテーシスが鼻を鳴らして異議を唱えた。
「いくら王子と言えども、儂より上座とはおかしな話ですなぁ。いまは軍議の場ですぞ。王子は第四領地の領主なのですから第三領主と第五領主の間と席が決まっておるはず。いまは副領主殿が代替えで出席されておりましたなあ。その者を後ろに立たせて、王子はそちらに座るのが正しかろう」
「ガストロ殿!王子に対して無礼でござろう!」
「そうですとも。このたびのスザンとの戦においても功績があり、いまなお戦線に立っていらっしゃるのです。その王子に向かってなんという言い草ですか!」
 喧々囂々、非難の嵐が吹き荒れそうになった、その一瞬の間をとらえて、ディレクが制するより先に、キルヴァが手を差し上げた。
「よい、内務大臣の申す通りだ。私はあちらの席に就く」
 憤懣やるかたないといった様子でガストロを敵視する者々を一瞥したものの、ディレク王は特になにを言うこともなく、黙って席に着いた。
 全員がこれに倣い、着席する。
 そしておもむろに軍議の続きを開始した。
 ディレクがなにも言わずとも、キルヴァは副領主であるリュトリュス・アルモニーからそれまでの進行過程を小声で報告を受けているようだった。その間、天人兵団の参戦の余地や流用についての成否、勝率の確立、被害状況の予測、国家としての面目問題などなど、様々な憶測を含むやりとりが激しく応酬された。
 ディレクはじっと沈黙を呑んでいた。天人兵団を秘密裏に鍛え上げていたとはいえ、実践に用いるとなると、軍議で了承を得なければならない。その軍議において賛否両論の論争があることも、思うように流用させられないことも、予測できたことだ。だが、最終的には認めさせるつもりでいた。
 その討議も今日でいい加減出尽くして、明日には採決を迎えられるだろう。それまで余計な口を挟むことはしないつもりでいた。重要な案件は、口数が少ないほど発言に重みが出る。
 ディレクは大勢を見極め、多勢無勢の人間を束ねるという至難の技の術を心得ていた。即ち、沈黙の価値を学んでいた。経験上、沈黙こそがいざというときに効力を発するのだ。
 口出しするつもりはなかった、キルヴァが挙手するまでは。
「議長、発言の許可を願います」
「発言を許可します。第四領主キルヴァ王子、どうぞ」
「ありがとうございます」
 王子の発言とあって、場は静粛になった。皆の注目をさりげなくやり過ごしながら、キルヴァが口を切る。
「ライヒェンかスザンか、というのであれば、スザン攻略が先決かと思います。なぜならば、現在はライヒェンよりもスザンの国力が劣っているからです。とはいえ、我が国が安易に独力で制圧できるほど弱体化しているわけではなく、たとえ攻めても、ライヒェンに横から茶々をいれられるかもしれません。ライヒェンを牽制しつつ、スザンを征服するということは、非常に困難です。しかし、リューゲル軍師の申すように天人兵団を動かすには時期尚早である気がします。もし万が一にも、他国が同じように天人兵団を所持秘匿していれば、どうなるのでしょう。国家間の非難は一番にそれを登用した国に向けられることは必至です。我が国としては、避けたい問題です。私は、天人兵団は切り札として最後に取っておくのが相応しいと思います。とはいえ、スザンをこのまま黙って放っておく手はありません。少しでも弱まっているいまが、叩く好機ではあります。戦争が長引けば――既に長引いておりますが――国庫にも国民にも負担がかかります。ここは、スザンを叩きましょう。ライヒェンと和議を結ぶのです。一時的なものでもよいのです。ライヒェンと共に、まずスザンを黙らせましょう」
 あまりにも決然たる強い口調に、ディレクは懸念を示した。
「ライヒェンと和議?それは七年前に開戦時に突っぱねておる。今更承諾するまい」
「させるのです。それに七年前とは事情が違っております。こんなにも戦が長引くとは両国とも思ってなかったと思います。少なくともライヒェンはそろそろこの三つ巴の状況を打破したい、もしくは停戦したいと考慮して条件を審議中でしょう。そうでなければこれほど長い期間の休戦を設けなかったはずです。まあ、こちらがスザンと揉めて力を使い果たすのを待っているという狙いもあったかとは思いますが……ぐずぐずしてはおられません。先のスザンとの一戦でタルダム・ヨーデル・スザン王子を討っていますからね、報復に燃えたスザン王はそれこそライヒェンと和議を結び、我が国を攻め滅ぼしたいと言っております」
「なに。『言っておる』だと?」
「はい。スザンに潜入させた私の手の者からその旨の報告がありました」
 場は俄かにざわめいた。
「ライヒェンとスザンが手を組んだら我が国はどうなるのだ」
「兵力では到底太刀打ちできんぞ」
「待て待て、天人兵団というものがあると聞かされたばかりではないか――」
 またも紛糾しようかという間際、キルヴァはすっくと起立した。
「ですから、私がライヒェンに参ります。直接いって、和議を結んできます。どうかお許しください」
「そなたが直接ライヒェンに乗り込むだと?」
「はい」
「敵地なのだぞ」
「わかっております。大丈夫です、ちょっといって、すぐに戻って参ります」
 出席者の面々は戸惑いしながら、二の句が継げなかった。王子は正気なのか、という危惧がありありと顔に出ているものも少なくない。
 ディレクでさえ、平生ではいられなかった。
「ならぬ。王子であるそなたをそんな危険な目には遭わせられぬ」
「しかしこれは、私でなければできないのです。どうか十日の猶予をください」
「十日だと?たった十日でなにができるというのだ」
「ライヒェンと和議を結んでごらんにいれます」
 ディレクに向かい、キルヴァは微笑んだ。屈託ない笑みは場違いであることこの上なかったが、逼迫した空気を若干和らげた。
「それで、お願いがあるのですが。もし私が無事にライヒェンと和議を結べたならば、先の戦で出動要請がないまま現地に赴いた軍紀違反の件については、どうかお咎めなしということにしていただけませんでしょうか」
 ディレクはまじまじとキルヴァを凝視した。気づかぬものは気づかぬだろうが、これは戦略だ。地位向上のための功績や褒賞が目的で動くのではなく、あくまでも自分の失態の尻拭いをするのだ、と見せて周囲の納得を説得に変え、自らの意見を通すつもりなのだ。
 事実、苦笑するものが後を絶たなかった。
「なるほど、王子とて王の叱責は恐ろしいというわけですな」
「王子がこれほどまでおっしゃるならば挽回の機会をさしあげてもよろしいのではないですか?」
「そうですな。なにぶん十日ということですし、十日くらいならば待ってみてもよいではありませんか。ただし十日経っても王子がお戻りになられぬ場合は、それこそ天人兵団を送り込む、ということではどうでしょうね」
 その意見に、王を除いて満場一致した。
 ディレクはキルヴァを穴のあくほど見つめた。キルヴァは沈黙で返した。
 ついに、ディレクが折れた。
「五日の猶予をやろう。五日経ってそなたが戻らぬ場合は、天人兵団を差し向ける。それでよいな」
「はい」
 キルヴァはにこやかに応じた。ディレクは察した。十日も必要ではなかったのだと。五日あれば十分なのだと。はじめから半分の猶予しかもらえないことを想定していたのだと。
 なれば、とキルヴァは気迫のこもった声もて告げた。
「キルヴァ・ダルトワ・イシュリー、行って参ります。必ずや、吉報を持って帰還致しましょう」


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