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作品名:天人伝承 作者:安芸

第36回   36
「リューゲル・ダッファリーか」
「はい」
「ばかな!」
 キルヴァは声を荒げた。セグランに掴みかかりたい衝動を、ぐっと堪えるのが精いっぱいだった。
「そうして天人を集めて互いに相争えば大昔の天人戦争の二の舞になるであろう。大陸全土が焦土と化して何十年も草一片も生えぬ荒地となる。人も獣も餓えて死に絶え、国家としての存続はおろか、文明そのものが衰亡するだろう。そんな自明の理が、なぜわからぬ。父王も、軍師も、他な国の王たちも、人民を導く立場にある方々らが、わからぬはずがあるまい。なのに、なぜだ。なぜなのだ、セグラン!」
「欲ですよ」
 答えたのは、ダリーだった。磨いた懐剣の刃を矯めつ眇めつしながら、抑揚のない声で先を続ける。
「なにかを望む心が正しい眼を曇らせてしまう……別に珍しいことじゃありません。古今東西、連綿と繰り返されてきたことです。自分の持ち物でないものを欲してしまう、他人のものがよく見えてしまう、正しくないと知ったうえでも諦めきれず間違った判断を下してしまう。すべて、ひとの欲のためです」
「僭越ながら……ダリーの申すとおりです」
 キルヴァはミシカを見た。ミシカは苦渋に歪んだ瞳を床に伏せた。
「お立場が上ならば上なだけ、より高いものを望んでしまうのでしょう。領土拡大、国益の増加、希少資源の確保、新たな農地の開墾……どれひとつをとっても戦争を起こすだけの大義名分になります。そして、他国が兵力の増強に少しでも乗り出そうものならば、それを脅威に思うのは仕方のないことでしょう。戦々恐々とただ怯えるよりは、自らも負けぬだけの軍備を整える、そうして軍備にかかる防衛費がかさみ、国庫を圧迫し、国民に税が加算され、それでも賄えぬ場合はどこからか補填せざるを得ないため、手っ取り早く、他国の侵略を目論む。これでは戦争の悪循環がやみません。やむわけがありません……そしていまダリーや私が申し上げたことなどは、どなたさまも先刻承知のはず……それでも、天人の登用が有効な武力手段であることが紛れもない事実である以上、もはや手を引くわけにはいきますまい。少なくとも、他国に後れを取るまいとする姿勢は、単純に是か非かの答えは出せないものと思います」
「つまり、天人狩りをやめさせるにはすべての国家を止めなければならぬということか」
「そしてそのようなことは不可能でしょう。王子ならずとも、他のどなたさまでも」
「たとえ不可能でも誰かがやらねばなるまい。事態は急を要する。気づいた誰かが動くのだ。さもなくば、ライヒェン国とスザン国だけではない、大陸全土の国家間で血で血を洗う争いが起きてしまう――第二次天人戦争の勃発だ……!」
「それは、起こるでしょう。起こるべくして起こるのです。それも遠い未来の話ではありません。事実、もう止められないところまで来ているのです」
 ようやく、セグランが重たい口をひらく。
「スザンとの先の交戦で戦場であったことは既に各国に知れ渡っております。これまで暗黙の掟で天人の存在は秘したものであったのに対し、それが明るみに出たとあっては、いままで秘密裏に行われていた天人の暗躍もこれからは表立ったものとなるでしょう。すべての国家は威信をかけて天人兵の増強に乗り出し、天人狩りはますます活発になります。近いうちに国民全員に天人捕縛の指令が下りても、私は驚きません。むしろそうなる公算の方が高いです」
「……だが、そんな暴挙を天人がいつまでも黙って見ているわけがない……!」
「そうです。国家間の戦争などは序の口です。それから起こる戦争は、まさに天人対天人、ひととの契約に縛られたものたちと同士討ちなど本意ではないものたち、ひとを憎悪し、恨み、怒るものたち、そして我ら人間も渦中のものとなる。一度はじまってしまえば取り返しのつかない、ひとと天人、双方どちらかが滅びるまで戦いは終わらない……そして我らひとは、天人に太刀打ちなどできやしません。なにをどうしたところで勝ち目などないのです。私は――私は、何度も陛下に天人と関わり合いにならぬよう進言申し上げました。天人狩りをやめるよう、捕らえている天人を解放するよう、お願いも致しました。戦争回避のための手立てを文書にもしたためました。平伏して、何度も何度も平伏して、危険を訴えました。しかし……ついに聞き入れてはいただけませんでした」
 セグランはキルヴァに深々と頭を下げた。
「力及ばず、申し訳ございません……」
「頭を上げよ。そなたのせいではない」
「――王子、王は次のライヒェン国との一戦は天人のみを出陣させるつもりです。勝つための戦ではなく、自らの力を誇示するための戦、速やかなる和睦を優位に結ぶための戦です。ライヒェンに、イシュリーの天人兵の強さを見せつけるおつもりなのです」
「我が国に囚われている天人はそれほど多いのか」
「細かい数字はのちほど申し上げますが、多いです。そして強いです。しかし、強ければ強いほど目の敵とされるでしょう。ライヒェンと和睦を結ぶのが目的であるのなら、天人の力など借りてはなりません。いえ、できれば武力などないほうがいい。王子、お願いです。王をお止めください。このままではライヒェンと手を結ぶどころかそのまま天人との開戦にも繋がりかねません」
 セグランの必死の訴えに、キルヴァはただ一言で応えた。
「わかった」
 そして、セグランの頭を上げさせた。
「……しかし、こんなに急で大切なことをなぜ黙っていたのだ?」
「急な事態になりそうだと判別したのが、ついさきほどでした」
「そうだったのか。そしてすぐ知らせてくれたのだな。ありがとう、セグラン」
「しかしながら、この情報は機密でして、本来次軍師たる私の耳には届かないものなのです。ですからこのことに関しては知らないふりで、この企みを阻止しなければなりません」
「よし、では、いまから作戦開始といこうではないか」
 キルヴァは一同を見回して言った。
「さて、皆の知恵を貸してくれ」


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