「……なにか、気懸りなことでもあるのですか」 言ったのはミシカだった。キルヴァはミシカを見た。 「最近とみに我々のことを大切だの傍にいてくれだのとおっしゃいますが、なにかあったのですか?」 「なにかとは?」 「さあ、私ではわかりかねますが。ただ随分と心もとないようなお言葉を口にされるので」 キルヴァは自分の言動をちょっと振り返ってみて、ミシカの指摘をなるほど、と納得した。 「……確かにそうだな。私は少し神経質になっているようだ……実を言うと、先の戦でも参戦する前から君たちを失いやしないかと、ひやひやしていた。天人に襲われたときだって、真っ先に私を庇っただろう。あのときはステラに助けられたが、もしあの攻撃の直撃を受けていたらとてもただでは済むまい。そう思うとぞっとする。私のために君たち全員が死んでいた可能性だってあるのだ……だから、こうして皆が無事な姿がとても嬉しい気持ちがして――やはり女々しいかな」 ダリーは手持無沙汰だったようで、おもむろに懐剣の手入れをはじめながら、おかしく真面目くさった顔で述べた。 「そんなに心配されずとも、俺たちはちょっとやそっとじゃ死にやしません。なにせこう見えても何度も修羅場をくぐってきているもんで、危険には免疫と回避能力がついてるんです」 「そうそう。俺なんて王子のためならたとえ火の中水の中どこへでもお供しますけど、死ぬつもりなんてまるでないですって」 「あんた、殺しても死にそうにないしね」 エディニィがびしっと茶々をいれると場に笑いのさざめきが起こって、雰囲気が和らいだ 「……そうだな。私の杞憂が過ぎたか。もう少し君たちを信用しなければいけないな」 「そうしてください。私たち、いつも王子の声の届く距離におりますから」 エディニィの眼も声も優しく、キルヴァの背を撫でるように安堵感をもたらした。だが、その反面どこか憂いを含んでいるようでキルヴァの心を僅かに掻く。 この前訊ねたときははぐらかされたが、いまならば皆もいるし答えてくれるかもしれない、と思い口を開こうとした矢先、天幕の入口で声がかかった。 「失礼します。セグランです。入ってもよろしいですか」 「よい。入れ」 セグランが遠慮がちに姿を現した。 「クレイはどうした」 「“有能な近衛になるために”講座の指導を熱血続行中です。ジェミスが助手をしています。私はいないほうがよさそうなので抜けてきました。よろしければこちらにお邪魔してもいいですか?」 「もちろん。君にはちょうど話があった」 キルヴァはちらとエディニィを見た。しかし既にエディニィの注意は自分から逸れて、また薄い壁を張られたことを感じた。 仕方なく次の機会を待つことにして、ミシカの隣に腰をかけたセグランに眼をやる。 「訊きたいことがあるのだ」 「はい」 「天人のことだ」 「……はい」 キルヴァはセグランが著しく緊張するのを目の当たりにして、急に周囲の気配が気になった。 「エディニィ、カズス、外を見張ってくれ。私がいいと言うまで誰も近づけるな。アズガルにもそう伝えて警戒しろ。ここでの話は後できちんと話す」 「はい」 「は!」 ただちにエディニィとカズスが出ていく。残った四人は車座になった。 「単刀直入に訊く。スザン軍では天人が戦闘要員として参戦していた。あれはどういうことだ」 「……“天人”が、軍用武器として投入されているのです」 予測していた答えとはいえ、キルヴァの心は重く沈んだ。 「それは、スザンだけなのか。それとも我が国も同様なのか」 「同様です。おそらく、どの国も多かれ少なかれ、天人を保有していることでしょう」 「保有?もの扱いではないか!」 「おそれながら、左様でございます。さすがに公になってはおりませんが、水面下では激しい天人捕獲競争が行われております。それも昨日今日の話ではありません。もう何年も前、いえ、もっとずっと以前からなのです」 十年前のシュイの湖での出来事がよみがえる。蒼い血を流して死にかけていたステラ。では、あれはやはり人為的な罠だったのか。それも天人が最も忌み嫌う誇りと自由を奪う行為に他ならない。あまつさえ、命すらも。 キルヴァは握りしめた拳を震わせた。ステラの翼にいまもなお残る青い傷痕、あれをつけたのは――。 「父上の、命なのか」 「はい」 「どうして」 「陛下のご心中を私如きが勝手に憶測するとはおこがましい限りですが、この件の背景には各国間との軋轢があるかと存じます。度重なる侵略戦争は世界各地で絶え間なく引き起こされ、七年前を境に我が国もその渦中に巻き込まれました。私は、この十年軍師リューゲル・ダッファリーに師事し、自国のことのみにあらず、他国の国政や軍閥、軍備規模なども学んでまいりました。そうして見えてきた現実の一面に、歴然たる国力の差があります。地下資源が豊富で農地開拓に向いている土壌を有する国は豊かで強いです。一方、資源に乏しく、土壌に恵まれぬ国は貧しく、弱いです。ぶつかり合えば、勝敗など火を見るより明らかです。しかし、この負け戦を五分にまで持ち込める方法があったとしたらどうです?それも余計な国費をかけず、国民に増税の負担もなく、命の危険もない」 「――天人兵か」 「そうです。まさしく一騎当千、弱小国が大国と張り合うのにこれほど相応しい武器も他にはない。捕まえて、名を奪い、契約を交わせばよいのです。数も種族も羽の数も多いほどいい。強い天人を捕獲すればするほど強みとなる、と、そう教えられてきました。おそらく、陛下も同様の進言を受けたことと思います……」
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