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作品名:天人伝承 作者:安芸

第34回   第二章 苦しみを見出すということ・9
「俺の身代りで友達が殺されて……俺は逃げただけで、なにもできなくて。そのとき味わった無力感とか絶望、後悔、惨めさ、あとはなんていうか、んー、世の中の理不尽さ?そういうのがいっぺんに頭にきてさ、気がついたら郷を飛び出していたんだ」
 カズスは燻製の最後の一片を口に放り込み、もぐもぐしたあと飲み込んで、立て膝に肘をついて手首に顎をのせながら、ふと遠い眼をして続けた。
「あれは、王子と会うほんの少し前のことだから、十七くらいのときだな。あいつに天人を見に行こうって誘われたんだ。天人がよく来る場所がある、とっておきの穴場だと、そう言って俺をいまも活動中の火山に連れて行った。二人で岩場を登って、火口を覗いた。でもそこで見たものは、天人数名と、十余名の武装集団だった。武装集団は天人を襲っていた。たぶん魔法で天人の力を抑えていたんだと思う。力ずくで、無理矢理拘束している真っ最中だった。そのとき、俺がヘマをした。手元の岩を崩して転がしたんだ。案の定、すぐに奴らに気づかれた。俺たちは逃げた。でも追いつかれそうになって、あいつが俺だけを逃がしてくれた。俺はひとりで郷に逃げ帰った。あらましを説明して助けを連れて現場へ戻ってみると、変わり果てたあいつの亡骸があって、その横に“他言無用”の立札があった。そのあと、俺がどうなったと思います?」
 不意にカズスに訊ねられたが、咄嗟のことでキルヴァは返事ができなかった。
「俺は褒められました」
 言って、自嘲気味に笑う。その眼は普段の彼からは想像もつかないほど苦痛に満ちていた。
「よく逃げた、よく無事だったって。俺は誰からも責められなかった。あいつの両親さえも俺の無事を喜んだ。――理由はただひとつ、俺が“宿命者(フェスタルザ)”だったから」
「“宿命者(フェスタルザ)”か」
 アズガルが相槌を打つように呟く。キルヴァは背中合わせに座するアズガルの身体が熱を帯びたのを感じた。
「“カズ”を冠する者――罪と罰により責と業を負いし者。遥か古代より継がれし血脈と契約の楔。おまえもその使命を科せられたひとりなのか」
「アズガルは知っているみたいだな。あとは王子には以前ちょっとお話したことがありましたっけね」
「私は知らないわよ。“宿命者(フェスタルザ)”ってなに。“カズ”が名前につくからなんだっていうのよ」
「……ま、そうだよな。“宿命者(フェスタルザ)っても、いまは知る奴の方が少ねぇか。まあ簡単に言うとさ、余った寿命を身体に蓄える者ってことなんだけど」
「意味わからない」
 エディニィは冷たく一蹴した。
「まず余った寿命ってなによ」
「天命以外で死んだ奴に残された命のことさ」
「それをどうやって身体に蓄えるのよ」
「力で」
「ふざけているわけ?あんたね、それで説明したつもりなの?温厚な私も終いには怒るわよ」
「ほ、本当なんだって!俺は大真面目だって!」
「だったらもっとわかるように言いなさいよ。省かないで、きちんと一から説明しなさい!」
「えー」
 説明とか苦手なんだけどなあ、とぶつぶつ言うカズスをエディニィが激しく睨み脅す。
 キルヴァはくっと笑った。深刻な打ち明け話のはずなのにカズスにかかると緊迫感が緩んでしまうのは彼の特性のなせる技なのか。それとも、そう見せかけているだけなのか。
「“宿命者(フェスタルザ)”とは、まだ寿命が残っているにも拘らず死んだ者や生きる見込みのない瀕死の者から命の断片をその身に集めて溜めていく力を持った者のことだ」
 キルヴァはカズスに代わって口をひらいた。
「昔からそうして命を集め続けてきた一族、それが“カズ”の血脈を継ぐ者。その溜めた命を地中深くに眠る怪物に注ぎ、命が満ちてはじめてそれは覚醒する。自らの復活のためにひとに知恵を授け、ひたすら眠りの中で目覚めの時を待つもの。覚醒しなければ封じることもできないその古の遺産、かつて大陸を分断するほど壊滅的な被害を与えた創世の種のひとつ。緑を食い散らし、土を食い散らし、あらゆる生物を食い散らす。あまりにひどい所業のため天人が成敗に乗り出したものの、それは成らず、ようやくのことで地中深くに封印した長命のもの。それが」
「“緑(バル・)の巨人(バロイ)”」
 あとをうまく引き取って、カズスが言った。感謝のまなざしをキルヴァに向け、勢いよく頭を下げてから先を続ける。
「大罪を犯した償いのために“カズ”の一族は大昔から連綿と契約と誓約の繰り返し、先祖が巨人殲滅目指してひたすら頑張ってきたから、残る“緑(バル・)の巨人(バロイ)”はあと二体なんだ。だけど、一族の血が薄れてきたせいか適応者が――つまり命を集めて身体に溜めるだけの力を持つ者が――少なくなってきていて、肝心の命もなかなか集まらない。まだ当分かかるだろう。あれ、微妙に話が逸れたな。まあ要は俺がその数少ない適応者のひとりだってことで、重宝されていたってこと。その俺を失うよりはあいつが死んだ方がましだったって言われて、俺が頭にきて、郷にいたくなくなって、出奔して、腕を見込まれて、徴兵されたそこで、王子と会ったんだ」
「もしその話が本当ならば」
 と言ったのはミシカで、瞳孔は開き、形相が凄まじく険しいものになっている。
「カズス、おまえ危険なんじゃないか。王子にもしものことがあったら、その命を吸うということだろうが。違うのかい。え、どうなんだ?返答如何によっては斬って捨ててくれる」
「えーと、まあそうなんだけど。うわっ、待った、待った!早まるな!だって王子がそれでもいいって言ったんだ!それでもかまわないから傍に来いって」
「王子、本当ですか」
「本当だ。ミシカ、剣をしまいなさい」
 ただごとではない剣幕で身を浮かし、抜剣したミシカを窘めて、キルヴァはエディニィにお茶のお代わりを所望した。
「“緑(バル・)の巨人(バロイ)”は我が国土に眠っている。だったら、カズスに協力するのも王子たる私の務めだ。違うか」
「えっ」
「そういうことだ。それに、私としては、この中の誰が何者であってもかまわない」
 キルヴァは真顔でひとりひとりを見つめ、美しい翡翠の瞳を細めて無防備な微笑を浮かべた。
「私の傍にいてくれればそれでいい。ただそれだけでよいのだ」


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