円満な雰囲気が漂う中、待ったをかけた者が出た。 「しかし王子、急に近衛といっても、彼らだけじゃあなにをどうすればよいのか分らないのではないですかねぇ」 ごく当然の懸念事項を指摘したのはクレイで、よく言った、とばかりに頷いたのはキルヴァである。 「そうなのだ。誰かが指導しなければせっかくの近衛兵も隊としては機能しない。だから、早急に、是が非にでも、優秀な指導役が必要なのだ、クレイ」 「そうですね――って、え、ちょっと待ってくださいよ、まさか私にその役目をやれとおっしゃるんですか!?」 「君が言い出したのだから、君がやりたまえ。君ならば適任だ」 「適任と言うより適当でしょ、それじゃあ。だいたいこういうのはダリーかミシカが務めるものじゃないですか。なんで私がそんなこと」 ダリーとミシカは口を揃えて言った。 「俺は兵長の仕事で忙しい」 「私は兵副長の仕事で忙しい」 「うわ、やる気なし、まるでなし!」 キルヴァはささやかな陰謀に勝利した笑みを向けて、クレイの肩を叩いた。 「頼むぞ、クレイ」 セグランから見てちょうどキルヴァの影になり姿の見えないアズガルが珍しく口を利いた。 「……無駄に口数が多い奴もたまには役に立つ」 そしてすっと身を退いて天幕の外に出て行った。気配もなく音もなく。ほとんど誰にも気づかれぬまま。本当に黒い影のようだ、とセグランは思った。 「あーよかった、言わないで。言ったらやらされるかなって思ったんだよな。俺、ひとにものを教えるってできないからさ、向いてねぇんだよな、そういう仕事」 「そうねぇ。代われるものなら代わってあげたいのだけれど、私じゃか弱いから大の男を九人も面倒みるなんて無理だもの、ここはクレイに頑張ってもらうしかないわねー」 カズスとエディニィは気の毒そうにクレイを見たが、どちらも任務を代わろうと言う気はないらしい。 セグランは神妙に頭を下げてお願いした。 「すいません。しばらく力を貸してください。よろしくお願いします」 クレイはようやく諦めたようにおおげさに手をひろげて、全身で溜め息をついた。 「わかりましたよ、わかりました。王子たってのご要望ですし?やりますよ、やります。やらせていただきます。それで、いつからはじめます?」 「いまからだ」 澄んだ瞳に整った容姿で、いかにもひとの善い育ちの良さそうな青年であるのに、時々手加減なく非情であるらしい。 と、セグランが新たな評価を付け加える中、キルヴァは後ろ手を組み、眼を眇め、小首をちょっと傾げて、じっとクレイを見やった。 「明日からだ、明後日からだと、悠長に構えていられる余裕がどこにあるのだ……?」 「あ、ああ、そ、そうですね。はじめましょう、いますぐに」 「よし」 爽やかに笑って、キルヴァはくるっと横を向き、カズスとエディニィを名指しした。 「とはいえ、はじめからクレイひとりでは苦しいだろう。二人とも手伝ってやってほしい。まず九人を二手に分けて、体力測定を兼ねた面接をする。こちらはクレイが担当だ。もう一方は表でカズスが戦力の具合を実力判定する。エディニィは九人の所属する指揮官のもとに行ってこちらの事情を説明し、異動届の提出と離隊届の作成と手続きを完了させてほしい」 「は!」 「はい」 かくて、一斉に行動開始した。 それからキルヴァは手持無沙汰に控えるダリーとミシカを振り向いて、 「君たち二人は休息の続きだ。と言っても、私の周りをこれ以上手薄にするわけにはいかないから、すまぬがここにいてほしい。私はステラと少し話してくる。セグラン、ダリーとミシカの相手をしてくれるか」 「はい。そうですね、体力測定の様子を見ながら三人で雑談でもしていましょう」 キルヴァがステラのもとに行ってしまうと、ダリーがその後ろ姿を眺めながら言った。 「要するに、邪魔をせず近くにいろ、というわけだな」 「強かでいいじゃないか。あれぐらい気丈でないと困るだろう」 「なかなかどうして、怖い一面もありますね。それに鞭も飴もお上手だ。思った以上に剣筋も冴えているし、出陣には縁がなかったはずなのに戦場慣れしていらした。兵法はまあ学ぶ機会は多いでしょうが、机上の空論と実践ではまるで違います。ところが見事に采配してのけた……あんなことは素人では無理です。ではどこでどうしてあのような技術を身につけたのでしょうか……?」 「あー、それはだな」 「王子に直接訊くがいい。セグランなら教えてくれるさ」 「そうだな、うん、それがいい」 「……そうか。では、そうしよう」 目の前では五名の男たちが腕立て伏せの速さと回数を競っている。限界で倒れたものから面接をはじめるということで、クレイは様子伺いに余念がない。 セグランは、そういえば、と切り出した。 「……ミシカ、弟さんの容体は……?」 途端に、ミシカの形相が険しいものになった。が、すぐに取り繕った表情になる。 「……ん、まあ、変わらないよ。つまり全然良くならないってことだけどね……」 半端な同情を示さぬよう、セグランは苦心した。次にダリーに訊ねる。 「……おまえは?報復の目処はまだ立たないのか……?」 「……捜しちゃあいるけどな。相手が相手だ、そう容易には尻尾も掴めんだろう」 セグランは押し黙った。この十年は旧友にとっても決して平穏無事な十年ではなかったらしい。それでも、誠心誠意、自分との約束を守り、王子を護ってくれたのだ。 セグランはできるだけ平静をつとめて二人に言った。 「私にできることがあったら、どうか遠慮なく言ってくれ。いつでも、なんでもいい。次は私がおまえたちの力になる番だ」
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