だが、次々に上がったのは反発の声だった。 「……信用?天人を?まさか本気ですか」 クレイがびっくりしたように大袈裟に手をひろげる。 「大切なひとだなどと、お戯れを。あまり軽々しくそんなことをおっしゃいますな。余計な誤解を招きます。我々の前とはいえ、迂闊な物言いは控えた方がよろしいのでは」 厳しい口調で窘めたのはミシカで、視線はさりげなく新参者で素性の知れぬジェミス・ウィルゴーに向けられている。 キルヴァを遮るように、エディニィがちょっと押しの強い調子で口をひらいた。 「いったいどうして、王子が天人とお知り合いなのですか?いつどこで会ったのです?どういった関係なのです?王子の――王子のなんなのです」 「まあ落ち着け」 興奮するエディニィをおさえるしぐさをして、ダリーがキルヴァとステラを見比べる。 「あー。確かに。この前の戦場でいっぺんお目にかかった顔だなぁ。あのときは命拾いした。なあ、皆そうだろう」 話の矛先を振られて、カズスが相槌を打つ。 「ああ、うん、そうだ。火のつぶてが頭の上から飛んできて――もうだめだと思ったな」 不承不承といった面持ちで、アズガルも頷く。 ダリーはおもむろにステラに向き直り、頭を垂れ、両手を胸において、そのまま掌を下にしたまま肘を伸ばし、脇へゆっくりと下ろし、左足を浅く引いてお辞儀した。 「遅くなったが、礼を申し上げる」 義を重んじるダリーの振る舞いに、はじめぐずっていた他の者も折れて、次々に彼に倣って頭を下げてゆく。キルヴァはほっとした心地でこの旨をステラに通訳した。 だが、返答は素っ気ないものだった。 「あれは、おまえを助けたのだ」 「しかし皆も助かったのは事実だ。素直に彼らの感謝を受け取って欲しい」 ステラ曰く、 「ひとは、妙な生き物だな」 キルヴァは、むっとして返す。 「天人は、へそ曲がりなものの見方をするのだな」 二つの視線がぶつかり合う。と、不意にステラが大口を開けて、大声で高く笑った。 「ははははは!この私に意見するとは、なんとも豪胆に育ったものよ!気にいった、その強気な気性は気に入ったぞ、キルヴァ。どのみちおまえに仕える身だが、どうせ傍にいるならば気が合うに越したことはない。よかろう、おまえの輩だと言ったな。紹介してもらおうか」 ステラは空中で身を丸めた。片足は無造作に前に投げ出し、もう一方の足は抱え込み、膝頭に顎を乗せて斜めにキルヴァを見上げている。 とても人の話を真面目に聞く姿勢ではないが、天人の礼儀作法はひとのそれとはまた異なるのだろう、と正すことをキルヴァはこの場は諦めることにした。 薄い笑みを浮かべながら、ステラが左の手を伸ばし、カズスの持つ青角灯に向かい、軽く手首を捻る。すると中の炎が揺らめいて火力を増した。 「さあこれで顔が見える。いつでもはじめていいぞ」 そこでセグランが横いった。 「では、もしよろしければ、私が通訳をいたしましょう。王子が紹介するのでは天人語の応酬になってしまい、皆にはわからないので窮屈な思いをすると思います。いかがですか?」 「セグランは天人語がわかるのか」 「この十年、勉強いたしました。会話と読み書きも、不自由しない程度にはできます」 「そうか。ではすまぬが、皆への通訳を頼む」 「はい」 キルヴァは首肯し、まだ畏まったままのダリーの傍へといった。 「彼はダリー・スエンディー。肩書は第四領地領主直属近衛兵長だ。ダリーは剣の腕も相当なものだが、強いだけじゃなくて思慮深い。行き当たりばったりでは動かない。人にものを教える指導力や、意見をまとめたり、まとまった力を引っ張ったりする牽引力に優れている。それにすごく信義や礼節を重んじていて、私も彼にはいつも教えられるばかりだ」 次に、ミシカの横に立つ。 「彼女はミシカ・オブライエン。肩書は第四領地領主直属近衛兵副長だ。ミシカは慎重で警戒心が強いから滅多に間違わない。危険に対しては厳しくて、特に私に関してはちょっとでも危ないと思うと一度は必ず制止してくれる。だがそれは私に限らず皆の身を案じてのことだ。人にはなにかと誤解されやすいが、ミシカは強くて優しくて親切だ」 次に、エディニィのところへ行く。 「彼女はエディニィ・ローパス。肩書は、あとは他の皆と一緒で、第四領地領主直属近衛兵だ。エディニィは誰とでも親しくなれて、どこへでも入り込める才能がある。情報を収集する能力が抜群に秀でているのだ。それに家事が得意で、料理もうまい。私は彼女の食事が一番好きだな。明るくて、面倒見がよくて、気が利いて、楽しい女性だよ」 次に、クレイの肩を叩く。 「彼はクレイ・シュナルツァー。肩書はもういいな。クレイは潜入が得意で情報の拡散と攪乱が専門なんだ。口が上手で記憶力が確かだからなにかと援護に役立ってくれている。もう何度助けられたかわからないくらいだ。いつも私を笑わせて、場を賑やかにしてくれる。彼がいなかったら私の生活はだいぶ重苦しいものになっただろう」 次に、カズスに笑いかける。 「彼はカズス・クライシス。カズスは剣の使い手としては最強だ。私が知る中で最も強靭な腕と身体捌きと馬術を備えているから戦場では頼もしいことこの上ない。頑丈で、体力もあるから、護衛の任や寝ずの番も安心して任せられる。人柄が率直で明朗快活だから誰からも好かれるし、常に前向きな姿勢は私も見習わねばならないと思っているよ」 次に、アズガルに視線を移す。 「彼はアズガル・フェイド。アズガルは私の切り札だ。攻守どちらも優れた技で幾度となく私の命を救ってきた得難い存在、それが彼だ。寡黙で、忠実で、辛抱強く、決断力、判断力、行動力、戦闘力は他の皆を凌駕している。彼が常に傍らにいてくれるので私はいつでも安心してどこへでも赴くことができるのだ」 キルヴァはジェミスを一瞥したが、結局、名前を唱えるだけにとどまった。 最後に、セグランを見る。思わず、笑みがこぼれる。 「……セグランは、セグラン・リージュは、そのままだな。紹介するまでもない。だってステラはセグランとは既に顔見知りなのだろう?私には秘密にして黙っていたようだけど、それが理由のあることなら、私は特には尋ねない。だけどもし教えてくれるのならば、いつか聞かせてほしい。そう、私は知りたい。知りたいのだ、ステラのこの十年を。いや、ステラのことは、なんでも――」
|
|