「……ったく、見ているこっちが恥ずかしくなるな」 呟きと言うにははっきりしたぼやき声が聞こえて、キルヴァはそちらを見た。 ジェミス・ウィルゴーが宵の明星に眼を止めながらぶらぶらとやって来るところだった。 「おいこらセグラン、いつまで王子を独り占めしているつもり――うおっ」 「……邪魔です」 「邪魔です、じゃねぇっ!いきなり眉間に短刀投げつけるなんて凶暴にもほどがあるだろう!あーびっくりした。あーびっくりした。いまのは本気で死ぬかと思った」 「狙いましたからね」 「狙うな。いくら俺でも命中していたら昇天していたぞ」 「は、この程度の不意打ちを避け切れない護衛などものの役にも立ちません。要りません。お荷物です。だいたいあなた、存在自体が目障りです。私が王子といるときは近くに寄るなと言ったでしょう」 「存在自体が目障りって、全否定かよ。ひでぇ。あんまりだ。ちょっと王子、こいつになんとか言ってやってくださいよ。俺いつもこの調子で虐げられていて、まったく命がいくつあっても足りませんよー。あいた」 キルヴァはぎょっとした。セグランが来るなと言っているにも拘らず、平気で隣にやってきたジェミスの額にセグランの手が伸びて、人差し指で強烈に弾かれたのだ。 「王子に馴れ馴れしいです。無礼が過ぎると粛清しますよ……」 「わ、わかった、わかったって。本気になるなよ。ったく、王子のこととなると眼の色変わりやがって……あーすいません、王子。俺馴れ馴れしかったですか」 キルヴァは笑った。 「いや、よい。私はあまり仰々しい態度は好まぬ。普通にいたせ。私もそうする」 「あれ、いいんですか」 「よい。セグラン、彼をあまり邪険にするな。見ていて気の毒だ」 「王子、あまりこの男を図に乗らせないでください。放っておくとどこまでも図々しくなります。迷惑千万なことをしでかします。少し厳しいくらいがちょうどいいのです。多少邪険にしようと見捨てようとしぶといので大丈夫です。ですから危険な任務などは全部この男にまわしてください」 「わかった、そうしよう」 「いやいやいやいや、あのですね。話し合いましょう、王子。これは立派な嫌がらせですよ」 「嫌がらせなものですか。あなたのひととしての能力を見込んだ上のことです。ふははは」 冷たい火花が散る二人を見比べて、キルヴァは腕を組み、ちょっと肩をそびやかした。 「セグランとそなたは仲がよいのだな。遠慮がなくて、羨ましい。私も早くセグランとそうなりたいものだ……」 「王子には俺たちがいるじゃないですか」 いままで気配を消して控えていたカズス・クライシスが不満げに抗議の声を上げたのに、キルヴァは腕を解き、訝しげに振り返った。 カズスはすぐ背後にこちらに背を向け仁王立ちをしていて、若干ふてくされている。 「俺たちとは遠慮がない関係でしょう?そうでしょう?なぜ俺たちじゃだめなんですか。どうしてそんなに次軍師殿ばかりがいいんですか。ここのところずーっとお二人でべったりで、なんだか除け者にされている感じで、正直、俺は面白くないです」 「ぶほっ」 ジェミスが噴き出す。 いつの間にか姿を現したアズガル・フェイドが無表情のままジェミスに石を投げる。 それをひょいと避けたジェミスの脇腹に痛烈な肘鉄をセグランが加えた。 ジェミスが悶絶する。 誰もが無視を決め込み放っておく。 「……いや、除け者って、そんなつもりはないのだが……それほど長く二人でいたか、セグラン?」 「さあ……どうでしょう。いえ、いたかもしれませんね。仕事続きでしたし、私もなんとなく王子のお傍を離れ難く思っておりましたので……」 キルヴァとセグランが黙り込み、見合ったところで、クレイ・シュナルツァーとダリー・スエンディー、ミシカ・オブライエンが次々と姿を見せた。 「いましたよー。いました、いましたー。二人の世界を構築している感じで近づけませんでしたもの。カズスじゃないけど、確かに放置されているようでつまらなかったですねぇ」 「仕方ないんじゃないか。セグランと王子は久しぶりに会ったことだし……まあ、多少の疎外感は否めなかったがな」 「それはそうと、王子、エディニィが呼んでおります。食事ができたそうです。そろそろ参りませんか」 丁寧に腰を折って一礼し、そう告げたあと、次にミシカは身体の向きを変えてセグランに視線を向け、微かに笑んだ。 「その席で、よければ皆を紹介してください。まあ、アズガルと私とダリーは今更ですが、他の者はセグランを知らないので余計にお二人の仲に妬いてしまうのです。きちんと挨拶さえすれば、皆の苛々も解消されることでしょう。さあ、エディニィが待っております。今日は鹿肉が手に入ったので、鹿肉のツミレ鍋だそうですよ。煮込みすぎて固くなる前に皆でいただきましょう」
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