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作品名:妻の供述 作者:木口アキノ

最終回   1
 夫は、義父母の前でよく言っていました。
 うちには、お金があるから大丈夫って。
 本人は冗談のつもりでそう言っていたみたいなんですけれど、残念ながら、誰も笑いませんでしたね。
 当然、私も笑いませんでした。
 だって、当時の我が家の生活なんて、本当にカツカツの状態で、余裕が全くなかったんですから、そんな冗談に笑えるはずもありません。
 義父母も、うちの生活状況がわかっているから笑わないものだとばかり思っていました。
 夫があんなことになりましたから、これからもっと余裕の無い生活が強いられると思うと、もう、義父が憎いやら、息子が可哀想やらで。
 今では夫と結婚した事自体が失敗だったと悔やんでいます。

 どうしてこんな人と結婚することになったかというところからお話しましょう。
 私は東京の短大を卒業してすぐ、地元に戻ってそこにある会社に入社しました。
 所謂Uターン就職というものですね。
 私自身は東京に残りたいと思っていて、上手いことホステスのアルバイトが決まりそうだったのですが、それを知った両親がとても反対しました。
 古い考えの両親でしたので、水商売をやるのなら今後一切生活費は援助しないと言われ、さすがに私もアルバイトの収入だけで暮らしていく自信がなかったので、仕方なく地元に帰ってきたのです。
 そして、父の伝手を頼り、地元の会社に入社したのです。
 今から思えば、あの時両親の言うなりになって地元に帰ってきたりしなければ、私は今回のような目に遭わずに済んだのです。
 両親の言うことを聞いて、正解だったことなんて一度もありません。
 両親は古い価値観を私に押しつけるだけ押しつけて、それが、私にとって本当に良いことなのかどうかなんて考えもしないのです。
 所詮、私には地元の生活は合わなかったのに、そのことに気付いてくれなかったのです。
 就職した会社は、地味なものでした。
 海外ソフトウェア販売という業務で、その当時波に乗りかけているIT企業のように聞こえ、収入も多いように思えますが、実際には、日本ではほとんど売れないソフトウェアを買い付けては地元の電機販売店に売り込むという会社で、実益がほとんどない会社でした。
 私はその会社で、ソフトウェアの取扱説明書の翻訳を担当しておりました。
 私が就職して半年ほど経った時に、会社の営業の先輩から、地元にある大手電機販売店の支店に勤める社員たちと一緒に食事をしないかと誘われました。
 所謂「合コン」というもので、食事の席には、独身の男女が数人集まるとのことでした。 私は当時特別に付き合っている男性がいませんでしたから、いい人がいればお友達になりたいな、というくらいの軽い気持ちで、その合コンに参加することにしたのです。
 そして、その合コンの席に、夫も出席していたのです。
 大手電機販売店の支店に勤める社員と言いましても、もともと支店に勤務する方と、本社から派遣されて来ている方とがいて、夫は、東京本社からの派遣との事でした。
 それを聞いて私は、東京本社の方であれば、この先の収入も安定しているのだろうな、と思いました。
 その後夫と交際するようになったのですが、交際期間中に、夫は東京にマンションを買っていることもわかり、尚更、夫の収入は安定しているものと思いこんでしまったのです。
 ですから、夫から結婚の申し込みがあった時には、今後の安定を求めて、結婚を承諾したのです。

 夫は転勤もあるようですから、私は結婚してすぐに、勤めていた会社を退職しました。
 でも、結婚して数ヶ月で、マンションには多額のローンが残っていることがわかりましたし、マンションの他にも、車のローンがあり、さらに、夫が義父母に毎月仕送りを送っていることもわかったのです。
 夫の収入も、私が思っていたよりも低く、マンションに車のローン、そして義父母への仕送りを支払いながら生活していくことは到底無理だろうと思えました。
 こんなにお金に苦しい思いをするのなら、いっそ別れてしまおうかと思った矢先に、長男を妊娠していることがわかりましたので、結局、離婚はしないことにしたのです。
 ただし、これから子供にお金がかかるのだし、義父母だって年金をきちんと貰っているのですから、義父母への仕送りはやめてもらいました。
 その事について、義父母から直接咎められたことはありません。
 当然、義父母がそのような事を言う権利もないと思っています。
 家庭を築いている男性ならば、収入は全てその家庭を守るために使うものですから。

 義父母は以前、自営業を営んでいたそうですが、経営不振のため、義父が50歳の時にお店を畳み、以来無職です。
 夫と私が結婚する頃に、やっと年金が貰えるようになったとのことですが、それでも、生活には余裕が無かったように思えます。
 というのも、義父母の住む家は持ち家の平屋一戸建てで、あちこち痛んできているのに、それらの修理をしていないのです。
 家具も汚れたり壊れたりしているのをそのまま使っていますし、何より、孫にあたるうちの長男に対して、殆ど贈り物をしてくれたことが無いのです。
 長男の出産の際、私の実家からはベビーベッドやチャイルドシートなどのベビー用品が贈られて来ましたし、学資保険のお金も出してくれましたが、義父母からは、出産祝いをほんの少し貰っただけでした。
 初節句の五月人形くらいは買って貰えるんだろうな、と期待していたのですが、それもありませんでした。
 そんな様子でしたから、私も、義父母にはお金が無いんだなと理解していました。
 だからといって、仕送りを再開するつもりはありませんでした。
 今、年金が少ない、生活が苦しいと言われましても、それは義父母の責任だと思うからです。
 老後の貯蓄もせず、年金を当てにしていたのなら自営業などではなく公務員になっていれば良かったのに、それもしなかった義父母に責任があるのです。

 ところが、長男が産まれて数年経ったころに、義父母が長男に何の贈り物もしてくれない理由が、義父母の経済状況のせいだけではないことが明らかになったのです。
 私の長男は、今年の春から幼稚園に入園したのですが、その直前に、長男が幼稚園に入ってしまえば義父母の家に訪れる機会も減ってしまうだろう、と夫が言うので、それじゃあ、幼稚園に入る前に一度、義父母の家に行こうということになったのです。
 その時に、義母が私達夫婦に、長男の入園祝いに何か欲しい物はないか、と訊いてきました。
 長男は私立の幼稚園に入園が決まっていたのですが、私立幼稚園に入園となりますと、いろいろと入り用になりますから、私は多少なりとも現金があれば良いな、と考えており、夫もきっとそのように思っているだろうと信じていました。
 ですが、夫は何を思ったのか、義母に向かって、
「母さん、いいよ、うちには充分お金があるから」
と言ったのです。
 もちろん、先程も言いましたように、我が家だって裕福な方ではありません。それでも、長男に人並みの教育を受けさせようと必死でやりくりしているのです。
 それなのに、そんな事を言うなんて、私は自分の耳を疑いましたが、すぐに、冗談を言って援助を断っているのだとわかりました。
 義父母の生活が苦しい事がわかっているから、このように、冗談でトゲの無いようにして断っているのだと。
 そして、その時に、もしかしたら夫はこれまでも義父母からの援助をこのようにして断っていたのではないかとピンときたのです。
 それで、自宅に帰ってから夫にさりげなく訊いてみると、やはり、夫はこれまでにも何度か「うちにはお金があるから」と言って義父母からの援助を断っていたとのことでした。
 私は、どうして自分の家のことを、つまり、私と長男の生活のことを考えて援助を受け取ってくれなかったのかと腹が立ちましたが、それでも、夫が自分の両親を思いやることは仕方ありませんから、その時は、夫を責めたい気持ちをぐっと堪えました。

 夫はその後も、義父母から贈り物やお金の援助の話が出る度に、「うちにはお金があるから」と言って断っていました。
 義父母の前でそう言っているところも何度も見ていますし、電話口でそのように言っているのも聞いたことがあります。
 夫がそのように言っている手前、私も、義父母に向かって「本当はお金が足りません」などとは、口が裂けても言えませんでした。
 でも、義父母だって、夫の発言は単に、義父母にお金の心配をかけさせまいとして言った冗談だと理解していたと思っていたんです。
 だけど、それは間違いだったんだと、思い知らされました。
 ええ、一昨日の晩の出来事です。
 突然、何の連絡も無しに義父が私たちの家にやって来て、金を貸してくれと言うのです。
 なぜ、急にそんな事を言い出すのかと、私たち夫婦は義父から事情を聞きました。
 義父は、お金を殖やすために、昔からの知り合いに誘われて、とある企業になけなしのお金を投資したのだそうです。
 誘ってきた知り合いは誠実な人で、この人には仕事のうえで何度も助けられたことがあるから、この投資の話も大丈夫だと思って投資したのだそうです。
 ただ、企業の運営が軌道に乗るまでは儲けは出ないかもしれない、儲けが出るまで地道に投資していけば、いずれ大きなお金が入るというものだったそうです。
 それで、義父はほんの少額ずつ、投資をすることにしたのですが、企業の運営が軌道に乗る前に義父のお金が尽きてしまったのだそうです。
 でも、ここで投資を止めてしまえば、これまで投資した分のお金は全て無駄になってしまいますから、義父はあちこちから借金して投資を続けたんですね。
 それでもまだ企業の運営は軌道に乗らない。
 あと少しだから、あと少しで全てが挽回できるくらいのお金が入ってくるから。
 だから、お金を貸してくれと言うのです。
 私は、義父の話は胡散くさいと思っていました。
 その話が本当であれ嘘であれ、私の家にだってお金に余裕はありません。
 ですから、夫にこの借金の申し出は断るように言って、こういう事は親子2人でじっくり話し合った方が良いから、と、義父と夫を居間に残し、私は長男を寝かしつけるため、子供部屋に行ったのです。
 それから、1時間くらいでしょうか。
 居間からは、夫と義父が話し合う声がずっと聞こえてきていました。
 時折、双方が声を荒げたりもしていました。
 その声が子供部屋にまで響いて、せっかく寝付きそうになった息子が起きてしまったので、私は2人を注意しようとして居間に行きました。
 すると、居間では、義父が夫の首に両手をかけ、ぐいぐいと締め付けていたのです。
 義父は、「お金があるくせに」などということをまるでうわごとのようにぶつぶつ言いながら夫の首を絞め続け、私が思わず叫ぶと、我に返ったようで、夫から手を離しました。
 しかし、夫の顔はすでに蒼白で、私が慌てて救急車を呼んだのですが、病院では、最早死亡しているとの診断がなされたのです。

 夫は、義父母の事を思いやって、「お金がある」という冗談を言っていたのです。
 そのことに気がつかないなんて、義父は人として、何かとても大事なことを忘れてしまったのだと思います。
 今は、私と長男の生活がこれからどうなってしまうのか、不安で仕方ありません。


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