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作品名:暁香の王 作者:さち子

第19回   ニ章(5)

 彼がこのような表情をするのは、幼少の頃から付き人として共に過ごしてきたリアに対してだけだった。他の人間に対しては、突拍子のないことばかり言っては嘲るように笑い飛ばし、決して歩み寄ろうとはしない。
 いつから主はこんなに偏屈になってしまったのかと記憶を辿ってみても、リアが物心ついたころには既に、皇帝の唯一の後継者であるラファエルは誰もが扱いかねるような子供だった。だから彼が生れつき変人だったのか、周囲から落ちこぼれ扱いされるために捻くれてしまったのかは、リアには判断がつかない。
 しかしほとんど悲しい直感によって、真実は後者に近いであろうと思っていた。

「それに今朝、昔助けた友が初めての子がかえったと知らせてくれたのだ。是非見てやってくれと。こんな嬉しい誘いを断るわけにはいかないだろう」

 ラファエルは愛しそうに、まだ目も開いていない雛たちを見やる。この場合、“昔助けた友”とは親鳥のことだろう。
 彼はこのように年がら年中、やれ子供が生まれたの、相方ができただのと知らせを受けては喜々として出掛けていく。人間とは上手く付き合えないラファエルは、しかし動物たちの間では一目置かれる存在のようだった。
 
 あらゆる生き物と意思疎通ができる――それが、ソランド帝国の第一王子ラファエル・ソランドに与えられた“力”である。
 
 ちなみに、毎回前触れもなく行方をくらます王子を捜し出して連れ戻すことは、リアに課せられた一番責任の重い仕事であった。
 リアは辺りをぐるりと見渡してみるが、親鳥の影はない。おそらく雛のために餌を取りに行っているのだろう。
 枝に跨がってすっかり落ち着いている様子のラファエルの表情を注意深く観察しながら、なるべく穏やかに笑いかける。

「そろそろ戻りましょう。雛を御覧になったのだから、もうよろしいでしょう?」

 もはや教練には間に合わないが、その後には歴史の講釈がある。権威ある学者を呼び付けている以上、真面目にやってもらわなければまた問題になる。
 その時、けたたましい鳴き声と共に黒い影が視界の端を横切った。
 威嚇の声だ。
 はっとして視線を走らせると、一羽の黒鳥がリアを目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくるところだった。
 黒鳥は害鳥である。右手で腰元のナイフを探り、しかし同時にそれが王子の友であろうことに思い至る。
 その一瞬の躊躇の間に、陽光を弾く金色の頭が割って入った。

「よせ! 彼は……」

 果たしてどちらを庇おうとしたものか、ラファエルの声が途切れ、その身体がぐらりと傾く。踏ん張りが利かなかったのか、彼はそのまま木の上から投げ出された。
 考える間もなくリアは自ら空中に飛び出し、ラファエルの襟首を掴んで無理矢理体(たい)を入れ換える。耳元をいくつもの小枝を擦る音が通り過ぎる。
 背中に重い衝撃があって、ぐっと息が詰まった。

「お怪我は!?」

 すぐさま跳ね起き、返事を待たずに王子の全身を隅々まで点検するが、幸い服の裾が多少綻びた程度で擦り傷一つないようだった。

「全くもって無傷だよ」

 ラファエルは動じた様子もなく軽く笑って、肩をすくめてみせる。
 逆にリアは盛大な溜め息を吐いた。今更ながら、冷や汗がどっと吹き出るのを感じる。

「本当にもう、気を付けて下さい。寿命が縮みました」

 大切なお身体なのですから、と付け加える。しかしラファエルは不満げな表情だ。

「リアはいいなぁ、無茶できる身体で。僕だって小さい頃から死ぬくらいの訓練を受けていれば、一人で着地できたろうに」

「殿下をお守りすることがわたしの使命ですから。殿下のご使命はソランド帝国をお治めになることでございますから、木の上から飛び下りる技術など必要ないのですよ」

 笑いかけた拍子に背中に痛みが走ったが、リアは服の埃を払う素振りをしてごまかした。
 父に知られれば叱責されるのは目に見えている。この程度のことで受け身も取れぬようでは、王家をお守りする資格などないのだと。
 彼自身も同様に思っているが故に、鈍い痛みが己の未熟を嘲笑っているようで忌ま忌ましかった。


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