「あ、気がついた?」 何度か瞬きすると、かすんでいた視界がようやく晴れた。間近にこちらを心配そうに覗き込む、見知らぬ少女の顔がある。 「あの、大丈夫? どこか苦しくない?」 無垢な瞳をした、十代半ばくらいの娘だ。体つきも華奢で、服も軍服ではない。 そのことに少し安堵して、ナディルは周囲に視線を走らせた。 石造りの民家だった。目の前にある暖炉には薪がいい音をたてて燃えており、吊るされた鉄鍋からは香ばしい匂いが漂っている。窓から差し込む光りの具合からして、どうやら今は日暮れ時のようだ。 同時に、彼は己の身に起こったことを鮮明に思い出した。 しかし腹と足に矢を受けて、その後どうなったのか記憶がない。覚えているのは、ぼろぼろと涙を落とす王族の娘の顔。 起き上がろうと身体を起こしかけて、全身に激痛が走った。咄嗟に歯を食いしばり、悲鳴を飲み込む。 「わ、ダメだよ、まだ動いちゃ!」 体勢を崩したところを少女の腕に支えられる。身体がまるで言うことを利かなかった。 「ここは、マーラか……?」 無事国境を越えたのか。それともまだフェルロン王国内なのか。 喉がからからに渇いて声を出すのがひどく億劫だったが、今はそんなことに構ってなどいられない。 「そうよ。と言っても、国境に近い山の中だけど」 「連れの娘は。無事か?」 「シーナさんなら大丈夫。ほぼ無傷だから安心して? それより、あなたの方が重傷だわ」 無傷。ということは、シーナは“力”を使ったのだろう。 娘の手を借りて、再び枕に頭を沈める。 痛みは、ないよりはあった方がいい。痛覚があるなら、たいていの傷は時を経れば治る。問題は、傷を癒すだけの時間があるかどうかだ。 ナディルはそこでふと、重大なことに思い至った。 「手当ては、誰が?」 こざっぱりとした男物の服に着替えさせられ、傷口にはしっかりと包帯が巻かれている。細腕の娘一人でここまでするのは難しい。 「父さんが。父さんは薬師なの。わたしとシーナさんもお手伝いしたわ」 北国の娘らしくりんごのように赤い頬をした少女は、にこにこと人の良さそうな顔で笑っている。 「そう、か……」 ではきっと、シーナにも見られたのだろう。身体に刻まれた、“シルシ”を。 だが、それ以上考えている余裕は彼にはなかった。倦怠感が強すぎて、意識を保っていられない。 娘の手が額に触れてくる。その感触はぞっとするほど冷たく、背筋を悪寒が這い登っていった。 「すごい熱……。今、白湯を持って来るわ。水分取らなきゃ」 娘のその言葉で、彼は自分が発熱していることを知った。 そうか、だから久しぶりにあんな悪夢を見たのか、と妙に納得する。 遠ざかって行く軽い足音を聞きながら、ナディルは再び眠りの中に引きずり込まれていった。
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