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作品名:降っても晴れても。 作者:

第5回   距離。
誘われたのは、会社の内輪のパーティーと言っていた。
「ごく気軽な立食会だから気にすることないよ」と。
こんなはずじゃなかった。
凪は居心地の悪さに逃げ出したくなっていた。

場所は仙台市内のホテルだ。
会社の人なんだか、取引先の人なんだか、凪にはさっぱり分からない。
会社員の妻だか娘だか、とにかく女性も多い。開場は光化学迷彩の嵐。
蝶々のようにひらひらしたシフォンのドレスをまとい、香水の匂いがひどく不安感を掻き立てる。
どこもかしこも、美人で育ちの良さそうなお嬢さんばかりだ。
「紹介したい友達がいるから、こっち」
翔君に急に手をつかまれ、驚きながら会場内を移動する。
凪はシックな黒のドレスを着ていたが、まるで服が歩いているようなものだと思う。
会場内に着いた瞬間、場違いだ、と思った凪だったが、
律儀に会場内で出会う職場や取引先の人たちに笑顔で挨拶する彼を見ていたら、
何も言えなくなってしまった。ここは覚悟を決めて一日くらい付き合おう、と思っていた。
いつもスーツ姿は見慣れているのだが、こういう場所に来たときに彼の振る舞いは非常に洗礼されてて自然だった。
まんべんなく知り合いに顔を見せ、当たり障りのない会話をする。
さらりと凪を紹介する。

「同僚の岸田。あとこっちはその奥さん」
翔君に紹介された同僚は証券マンと思えないほど、くったくなく笑う学生のような人だった。
高校生のカップルがそのまま大きくなったようで、奥さんとのバランスもかわいらしい。
凪も当たり障りのない自己紹介を凪もする。
「ね、こっちでおしゃべりしましょうよ。どうせ会社の話はつまらないし」
岸田さんの奥さんの美紀さんが、そういって凪を誘う。
確かにそろそろあいさつ回りにも疲れてきた頃だった。
「帰るときには声を掛けるよ」と翔君と別れた。

「どのくらいなの? 桜井さんと付き合って」
女子学生のような笑顔で美紀さんが尋ねる。
「そんなに長くはないです。半年くらい」
開場の一角に女の人たちの集団がある。
「みんなに紹介するわね。桜井さんがどんな人を連れてくるかって、興味深々だったの」
美紀さんがシャンパンを渡す。綺麗な色の泡が目の前に広がる。
「証券マンはね、早く結婚したほうがいいのよ」
「え?」
不意に聞かれ、凪は一瞬戸惑った。
「あたしも彼と出会ってすぐ結婚したの。倍率が高いのよ、こういう人たちって」
美紀さんは笑って言う。倍率・・・。多分競争率のことなのだろう。
同世代くらいの女の人たちが、美紀さんの方に寄ってきた。
まぁ素敵なドレス、だの、ネイル、だの、美容院がどうだのひとしきり言い合ったあと、
みんなそれぞれ簡単な自己紹介をする。だれだれの奥さん、とか、夫は何々会社です、とか。
貴方が桜井さんの彼女? とか、結婚は? とか、
ありふれた女の人特有の質問に一つ一つ真剣に答える凪は、久しぶりに会った女の人の集団にすっかりまいってしまっていた。
美容院やエステのはなし。子供を生むべき産院のはなし。
インターナショナルスクールに、「品性」のよいカトリック幼稚園のはなし。
ここが翔君がいる世界なのだと思うと気が遠くなる。
頼んでもいないのに、結婚式のアドバイスや引き出物のはなし、挨拶するべき奥さん方の集団を統括する何とかの役員の奥さんのはなしまでされて、凪は開口してしまった。
11時近くになってやっと開放されたときには、もうぐったりだった。

「ごめんな。いきなりこんなところ連れてきて」
翔君がタクシーの中で謝った。
「ホント。すごく疲れちゃって。気疲れかな」
「ごめん、ごめん」
笑って言ったのに、不意に頭ごと抱きしめられて凪は身体がかすかに強張った。
かすかににおうシャンパンの匂いに、吸い込まれてしまいそうになる。
「一緒の家に帰れればいいのに」
頭の上で翔君の声がする。一緒に暮らそう、ということなのだろうか。
一緒に暮らして、そのあとは? そのあとにくるものは何なのだろう?
自分も今日会った女の人達のように、夫のパーティーに同伴したりするのだろうか。
エステや子供の幼稚園の話をする日がくるのだろうか。
どの想像も現実感がなく、自分から遠いもののように思える。
凪はそっと目を閉じた。


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