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作品名:降っても晴れても。 作者:

第2回   再会。
名前を呼ばれて振り返ると、スーツ姿の男性が笑って手を振っていた。
頭の中のパーツがかちかちとはめ込まれて行くように、懐かしさがこみ上げてくる。
「もしかして、翔くん?」
近づいて見ると昔の面影がちゃんと残っていて安心した。
いつも穏やかな顔で、姿勢よく前を向いていた真摯な横顔。
「あー、やっぱりそうか。変わんないなぁ」
スーツ姿にA4サイズのかばん、携帯電話と脇に抱えた経済専門書。
どこから見ても立派な会社員だ。
「翔くんは、何か立派になったよ」
凪は笑って答える。彼は新書を棚に戻し、目線で出口を示す。
スーツ姿のかつての知り合いにこんなところで会うとは思っていなかった。
何となく2人で並んで書店をでる。
「今何してるんだっけ?」
携帯を見ながら凪に問いかける。何となく時間を確認しているように見えて、忙しいのだな、ということがわかった。
「今ね、○○大学で働いてるの。仙台に住んでる」
「そうなの? 大学、確か東京じゃなかった?」
「うん。何か戻ってきちゃったんだよね」
凪も苦笑して答える。何となく心の中を見透かされてるようで気恥ずかしい。
「そっか。俺も転勤。はい、これ社会人の証ね」
彼は笑って名刺をくれた。東京本社の有名な証券会社の名前が印刷されてある。
「最近なの? 戻ってきたの」
「うん、今年ね。ちょっと今時間ないから、後でゆっくり会おうよ。携帯書いとくから」
彼は凪に渡した名刺をもう一度取り、裏にスーツの胸ポケットに入っていたペンで携帯番号を書いた。
「電話してよ。絶対。約束」
そう言って青になった横断歩道をさっそうと渡って行ってしまった。
どこか動物の鹿を連想させるような、潔くて迷いがなく、忙しい証券マンの後姿だった。

何だか突然のことでぼー、としてしまうような出来事だった。
来たときと同じようにふらふらとバスに乗る。
人は変わるものだ、と思う。
彼は、凪が予備校で初めて付き合ったボーイフレンド、龍樹の仲のいい友人だった。
出身高校も同じで、見た目のイメージは違うのに不思議といつも一緒にいた人だった。
龍樹も周りの人も翔くん、と呼んでいたが、本名は桜井翔陽と言う。
ホントに翔くんという呼び名にぴったりな、すくすく苦労なく育った育ちのいいお坊ちゃん、というかんじの人だった。
明るくて積極的でスポーツ少年の龍樹に比べると、身長は同じくらいだが身体の線も細く、穏やかなイメージだった。
ものの見方が客観的で、いつもあたしと龍樹のやりとりを遠巻きに見ていた記憶がある。
大人で感情の起伏が少なくて、精神的に成熟していた。
活動的な龍樹と並ぶと、コントラストが明確になって面白かった。
見るからに明るくて太陽のイメージの彼と、穏やかでどこか醒めている翔くん。
彼も確か慶応に進んだはずだった。経済学部に進んでそのまま証券会社に入るなんて、典型的なエリートコースだ。
予備校生の頃から株をやっていたと龍樹に聞いたことがある。
以前、龍樹や翔くん、他のよくつるんでいたメンバーと将来何になりたいか、ということを話していたときに、翔くんがごく自然に、
「お金持ちになりたい」と言ったのにびっくりした記憶がある。
十代の頃の夢なんてみんなどこか漠然としているものだし、夢見がちでいいはずで、
みんなそれぞれ国連職員になりたい、とか新聞記者になりたい、と好き勝手言っていた中で、それはとても現実的な答えだった。
穏やかな外見からは連想しがたい、シビアで、でもその夢に対する明確なビジョンを感じさせる言い方だった。
龍樹から聞いた話だが、彼は山形でも有名な老舗呉服店の次男坊だそうだ。
お金に不自由もしている様子もかんじられないし、執着している様子もないのに、すごく真剣な顔をして話すのでびっくりした記憶がある。
翔くんの話は、大学に入ってからも龍樹からときどき聞いたが、龍樹と別れてしまってからは全く消息は分からなかった。
それがこんなところで会うなんて、偶然とは面白いものだな、と思う。

バスは山のカーブをどんどん登る。視線を遠くにやり酔わないように、凪はそっと体勢を変えた。
それに、今日会ったとき、すごく印象が変わっていてびっくりした。
凪は本屋で名前を呼ばれたときのことを思い出す。
決して大きな声ではないのに、お腹に響くよく通る声。
どこか繊細なイメージがあった予備校時代の面影はもうなく、精悍で、なんというか、すごく彼から人生をサバイブしている様子が伝わってきたのだ。
今日もすごく急いでいたが、きっとすごく忙しい仕事を、いろんなプレッシャーを抱えながらやっているのだろう。
大変そうだがその仕事をどこか愉しんでるような、追い風に乗っているような、そんな印象を受けた。
明るくなったような気もするし、活動的で、それに、すごく女の子慣れしたかんじがした。
どこか遠慮がちに、友達の彼女、という風に接してくれた予備校時代より、微妙に距離感が近いことを凪は敏感に感じ取っていた。
変わったのは当然といえば当然だが、きっと学生時代も今も女の子にもてているのだろう、と思う。
スマートだけど、どこか世の中を斜めに見ているようなところがあって、素直だけど十分な野心がある。
このタイプの男の人に惹かれる女の子はいるはずだろう。

凪はもう一度もらった名刺を取り出す。
証券会社の名前と、長い部署名が続き、役職が続く。
三度読んだが、凪はさっぱり彼がどんな仕事をしているのか分からなかった。
もうすぐ職場の大学が見えてくる。
凪はそれをバックの内ポケットにしまい、薬用をリップを塗る。


結局連絡はしなかった。


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