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作品名:降っても晴れても。 作者:

第1回   追憶。
仙台は緑が多いと同時に、とても坂が多い街だ。
立体的な街、と言ってもいい。
城下町なだけあって、道路は綺麗に整備され、いたるところにバスが走っているが、この街のバスの運転手には本当に感心する。
当然大学は山のてっぺんのとんでもないところに立てられることが多く、お金のない学生の足は自転車や原付になる。
バスはいたるところに走っているが、時間の制約が何より嫌いな若者達にそんな理屈は通用しないようだ。ほんの15分を待ちきれず、信じられないような坂を自転車で漕いでくる学生達とすれ違う。

有名な旧帝大から出ているバスに乗り、坂をぐるぐるとどんどん下りる。
うっそうとした緑が視界をさえぎり、大きくカーブを曲がる度足で踏ん張ってつり革に捕まる。
もうすぐ銀杏並木の大通りにでるはず。
新緑が美しい季節だ。
ずっと内勤をしていると郵便局にお使いに行くのさえ嬉しい。特にこんなよく晴れた五月の第一月曜日には。
凪は背筋を伸ばしてバスを降りた。郵便局に行かなくては。
こうやっていちいち確認して、背筋を伸ばし、マニュキュアを綺麗に塗った爪を見なければ、自分が社会人であることを忘れてしまいそうになる。

凪はここ、仙台の有名国立大学に勤めるOLだった。
もうすぐ25歳になる。
凪はここ、仙台で一年の浪人生活を送っている。実家はもともと青森だった。
入りたくて浪人までして、夢にまで見た国立大学には結局合格することができず、
東京の私立大学の法学部に通った。かわいい女の子と育ちのよさそうな男の子ばかりの、のんびりした大学で、多くはないがそれなりに恋をし、結局入りたくてたまらなかった国立大学に就職してしまった。
準公務員で安定しており、地味だがのんびりと自分のペースで仕事ができ、凪は気に入っていた。
広瀬通りの本屋の隣にある郵便局に入る。番号札を抜く。
ここの近くの予備校に通い、センター試験の申し込みをこの郵便局でした。
勉強ばかりでつらかったはずの浪人生活なのに、凪はここ仙台が気に入っていた。
道路が広く、緑が多い。開放感がありアーケード街を歩くだけで買い物ができる。

同時にここ仙台は凪が初めて恋をした場所だった。
おとなしい高校生活を経て、予備校で知り合った男の子と恋をした。
余計なことにうつつを抜かして大学に落ちたのだ、と言われればそれまでだが、
当時の凪にとってそれは大変な事件だった。
目の大きな野球部出身の、山形の有名な進学校を卒業した子だった。
大きな肩が印象的で、いつも世界史の授業で前の席に座っていた。
ある真夏の日、講義室の冷房がきつすぎて、凪はすっかりくしゃみが止まらなくなってしまったとき。
周りに気を遣い、口を手で覆って必死にくしゃみを抑えていた凪を振り返って、
そっと自分のパーカを渡してくれた。
それがきっかけだった。
ありがとう、と言って授業の終わりにパーカを返すと、
「いっつもあの教室は寒いから、何か羽織るものをもってきたほうがいいよ」
と言った。白いTシャツを覚えている。胸のところに「Freebird」と書いてあったことを覚えている。
それから授業のたびに話をした。
東大か慶応の法学部に行きたい、と言っていたこと。野球が好きで、大学でもやりたい、と。
数学が苦手な凪に勉強を教えてくれた。大きな手にリストバンドがよく似合っていた。
元気でやんちゃな、いつも男の子に囲まれていた、圧倒的なエネルギーを持った人だった。
健全で真面目で、自分の意見を自然に言える強さに、凪はひどく憧れた。
目立つことが嫌いで、いつもどこか人の目ばかり気にしていた凪にとって彼は偉大だった。
好きとかそういう言葉を超越して、凪は彼に憧れていた。
隣に座って覗き込むように見つめられるのが好きだった。
私大の受験申し込みをした郵便局。
予備校の自習室で隣り合って勉強をした。
隣のコンビニでチョコレートを買って、一緒に食べた。
近くの公園で、センター試験の一週間前に、寒空の中、キスをした。

凪は思い出しながら、隣の本屋に入る。
ここの本屋でもよく問題集を見たり、手をつないでぶらぶら歩いたりした。
新書コーナーを覗くと、同じように近くの予備校の生徒らしき男の子と女の子が楽しそうに話している。
彼らには彼らの青春があり、彼らが主役の物語があるのだろう。
凪は懐かしいようなくすぐったいような感覚に襲われる。
あれからもう7年の年月が流れようとしている。
結局彼は希望通り慶応大学に入り、東京でも数ヶ月付き合いは続いたが、一年生の前期が終わる頃には自然消滅してしまった。
どちらも自分の世界を築き上げることに忙しかったし、何となく東京にきてから2人の距離感が変わってしまったのだと思う。
サークル選びに悩む凪を尻目に、野球部に入りたいと言っていた彼はあっさりと軽めの軟式野球部に入り、同時にオールラウンドの飲みサークルにも入り、法学研究サークルにも入ってしまった。
どんどん2人で会う時間がなくなり、彼は3つのサークルの人たちと築く人間関係で忙しかったし、不思議とどのサークルにもとびきりかわいい子はいるものだ。
嫉妬をしている、という認識を凪も持っていたが、それでもそれをおおっぴらにできるような性格ではなかった。
結局もやもやとした感情に悩み、何も言えないまま自然消滅だ。
子供だったなぁと思うし、その後何度か恋もした。
忘れられない恋というわけでもないし、結局彼とはプラトニックなままだった。
きっとこの仙台の街という舞台に、ちょっと懐かしくなってしまったのだろう、と凪は結論付ける。
そろそろ結婚を考えてもおかしくない年だ。学生時代の恋をいつまでも引きずるほど凪も子供ではない。

気に入った新書を手に取り、レジに向かったときだった。

「凪ちゃん!」


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