「それでは『平等エレベーター』の設置後の経過を報告させていただきます」鉄美清隆が言った。 今日は10月の第一月曜日、毎月行われている若手の意見交換会の日だった。 珍しく、役員が何人か出席していた。 「設置当日はやはり何件かの問い合わせと言うかクレームがありました。 ボタンを押したのになかなかやって来ないどころか、来たと思ったら目の前を通過していった、また、降りる階に来たのに、エレベーターは無視して通り過ぎて行った、おかげで会社や学校に遅刻しそうになった等々です」 「結果、早く取り換えてくれということか?」役員の一人が鉄美に質問した。 「いえ、それが、岩田さんの事前説明が良かったというのか、住人のみなさんが呆れてしまったというのか・・・」 「呆れた? それはいったいどういう意味だ?」同じ役員が再び鉄美に問いただした。 「いえ、今のは私の独り言でして、実は二日目からは目立った苦情等はほとんどなく、逆に効果と言うのか何と言いましょうか、ある都道府県の小学校数校から『平等』の大切さをぜひ子供たちに教えたいということで『平等エレベーター』の注文を頂きました」 「それマジか?」 原因不明の発疹がやっとおさまり久しぶりに出勤してきた営業部長が鉄美に聞いた。 「それどころか意外なというか、これは岩田さんが住まれているマンションの理事長からの報告なんですけど、みんなあまりエレベーターに乗らなくなって階段を利用するようになった。結果、住人の主に我々と同じサラリーマンの方々から、体重が減った、ウェストが細くなったという声が届いているらしいんです。 岩田さんにそのことを伝えると『健全な肉体にこそ健全な平等心が宿る。文武両道、メタポさよならっ!!』と言っておられまし・・」 「ばかやろーっ!!」 怒鳴ったのは別の役員、又の名を代表取締役、そう、社長だった。 「それは暗にエレベーターの存在を否定しているだけじゃないかっ!! 営業部長っ、一体どうなっているんだっ!!」 「はっ、はい、誠に申し訳ございませんっ」営業部長は立ち上がると直立不動で答えた。 「その岩田という社員やらはどこにいるんだっ!」 「え、えーと、鉄美っ、岩田は今日はどこに行ったんだ?」 「気を良くして『平等エレベーター』の売り込みに行くって言ってました」 「どこにだ?」額の汗をハンカチで拭きながら営業部長は鉄美に聞いた。 「火のない所に煙は立たない。馬鹿と何とかは高いところが好き。その腐った性根を我らが『平等エレベーター』が成敗してさしあげるぞ。マツケンサンバもいいけど暴れん坊将軍もよろしくっ、と言って出て行きましたよ。たぶん超高層マンションにでも行ったんじゃないですか」 鉄美の話が終わると、営業部長は口から泡を吹いてその場に倒れこんでしまった。
「あなた、何を言っているんですか?」 貰った名刺にただ〈担当〉とだけ書かれている石井という男は口をとがらせて幸三に言った。 「ですから只今ご説明申しあげましたように、当社の『平等エレベーター』は日頃住人の皆様が不満に思っていらっしゃる不平等につきまして何とかご解消をさせていただ・・」 「もういいですっ!」石井は声を荒げた。「岩田さん、もちろんご存知かと思いますけど、当トップ・オブ・ザ・タワー・イン・六本木は高額所得者の方ばかりがお住まいになっているんです。言ってみれば『勝ち組』の方ばかりなんです。そんな方々に今さら『平等』があーだこーだと言ってもみなさん聞く耳をお持ちになりませんよ。最上階の58階に住まれている方が、朝の出勤時にいくらボタンを押してもエレベーターが来てくれないんだ、何?『平等エレベーター』?ふんふん・・・あっ、それならしょうがない、じゃあ私は歩いて下まで行きます、って誰が言うと思うんですか?」 「いえ、なかには、最上階とは申しませんけれど、例えば20階位にお住まいの方でしたら毎日階段を歩いて上り下りされて、結果、メタポ解消につながった、そういった方が必ず現れる、そんな良い面での副作用がこの『平等エレベーター』には含まれておりまし・・」 「それなら初めからエレベーターなんか設置しなければいいんですよっ!!」 石井が鼻をふくらませて幸三に言葉を吐きかけた時「石井君、お客さまに対してそんな言い方は良くないんじゃないですか?」と一人の男が商談室に入ってきた。 幸三はその姿を見ると思わず「あっ!」と声を上げた。 男は、今や、時代の風雲児、又は、日本のビル・ゲイツ、と称され、お茶の間の話題を独占している広徳寺宗太郎(32)だった。 慶応大学を卒業後、コンピューターソフトの会社を立ち上げ、わずか3年の間に年商3兆円のガリバー会社に仕立て上げた、まさに、怪物、だった。 「誠に申し訳ございません。石井は少し真面目すぎるところがありまして・・」広徳寺は軽く一礼すると「で、今日はどのような御用件で?」とマダムキラーと呼ばれて久しい流し目を幸三に向けた。 「いえ、実は・・・」 幸三の『平等エレベーター』の話に初めは少し苦笑いを浮かべて聞いていた広徳寺だったが、その表情はだんだんと真剣な顔つきになっていった。 「おもしろいよっ!!」 突然、広徳寺は大きな声を上げた。 「岩田さん、是非、当マンションにその『平等エレベーター』を設置願いますっ!」 広徳寺が立ちあがって幸三に握手を求めようとしたとき石井が「社長っ!マジっすかっ!」と二人の間に割って入った。 「石井、お前心配性なんだよ。ダメならまた元に戻せばいいじゃないか。 初めの設置は無償でやっていただけるんですよね?」広徳寺は幸三に聞いた。 「もちろんです。 住人の方の評判が悪ければすぐに元に戻しますので。ご心配なく」 石井はしょうがないなぁという顔をすると「じゃあ、契約書にサインするから、書類見せてくれる」と言って幸三の顔を睨み、まあ、そう怒るなよと広徳寺から肩をポンポンと二度たたかれた。
幸三がトップ・オブ・ザ・タワー・イン・六本木と『平等エレベーター』の契約を結んだ3週間後、東西エレベーターの営業部の電話は朝から一日中鳴りっぱなしだった。 前日の夜、毎週夜8時からある民放で放映されているバラエティー番組「経済学そこが知りたいINニッポン」の中で、毎週レギュラー出演している広徳寺が『平等エレベーター』について語ってしまったのだ。 今や、日本の誰よりも、もちろん総理大臣よりも影響力のある、まさしく神の声、広徳寺の発言に日本中は湧きだった。 「おもしろい」に日本全国の商業施設から、客寄せとしての『平等エレベーター』に問い合わせが殺到し「案外、これは直接の効果ではなくて、何と言ったらいいのかいい意味での副作用っていうのか、体にもいいんですよね」に日本中のオフィスとマンションを管理しているビルメンテナンス会社から同じく問い合わせが殺到した。 実際のところ、トップ・オブ・ザ・タワー・イン・六本木での評判は苦情8割高評価1割、無視1割だった。 高評価1割の中にはさすが58階建とあって設置後2週間で体重が5kg、ウエストが8センチも細くなった住人もいたが、広徳寺は秘密裏に東西エレベーターに『平等エレベーター』の撤去を申し出ていた。 しかし、とにもかくにも『平等エレベーター』は売れに売れた。 幸三の名刺には“平等エレベーター推進事業部 技術部マネージャー”という肩書が刻印され、取締役社長はわけもなく一線を退き会長職につき、部長は入院していた病院のベットの上で退職を決意した。 『平等エレベーター』が日本を席捲して暫く立ったある日、幸三はテレビに出演する機会を得た。 毎週日曜日の夜8時からNHKで放映されている“あの時、企業は動いた、サクセス IN 日本”に『時代の顔』として呼ばれたのだった。 「岩田さん」新人アナウンサーが作り笑いを幸三に向けた。「やはり、平等に対するご信念をお持ちになられたからこのお仕事を成し遂げることができたと考えていいのでしょうか?」 「ええ、そうだと思います。 信念、怨念、おーこわい。ついでに珍念、木念、一休さ〜ん」 スタジオが凍りついた。 「カットっ!!」 ディレクターが大声を張り上げ幸三に駆け寄ってきた。 「岩田さん、申し訳ないですが、あまりご質問内容と関係のないことを話すのはご勘弁願えますか」 収録が再び始まった。 ディレクターはわずか30分の収録が2時間にも3時間にも感じた。 「お疲れ様でしたーっ」 大きく声を張り上げた時、ディレクターは自分の手のひらが汗でくちゅくちゅになっているのに気付いた。 幸三は番組プロデューサーと夜の街に繰り出すべくエレベーターに乗り込んだ。 “東西エレベーター”という文字が階表示盤の上に掲げられていて、その隣に『平等エレベーター』を示す“平”の字を○で囲んだマークが添えられていた。 「いやぁ、大変貴重な話を頂きまして」と言って額の汗を拭いながら『1』階のボタンをプロデューサーが押した。 ゆっくりと『平等エレベーター』は下降を始める。 「こちらでもご採用いただきまして」幸三はプロデューサーに頭を下げる。 「いえいえ」とプロデューサーが恐縮して頭を掻いた時、突然、エレベーターが大きく揺れた。 「地震ですっ!」 どれくらい揺れただろうか? 意識を取り戻すと幸三はエレベーターの床に横たわっていた。 立ち上がろうとしたが腰から下に全く力が入らない。 足がちぎれてしまったのかと視線を向けると、ちゃんと足は2本ともついていた。 「うーっ」と呻き声のするほうを見るとプロデューサーが血まみれになって倒れていた。 エレベーターの天板がもろに額に突き刺さっていた。 ぐらっ、再びエレベーターが大きく揺れた。 落ちてくるエレベーターの天板のかけらを何とか避けきると、見えてはいけない夜空が見えた。 幸三は上半身を起こし必死になって『開』のボタンを押そうとするが手が届かない。 相変わらず腰から下には全く力が入らない。 と、突然エレベーターが上昇を始めた。 「どうしてだっ!?」幸三が声を上げる。「先に下るボタンを押したのは俺たちじゃないかっ!!」 夜空がだんだんと近づいてくる。 どこかで火の手が上がったのか白い煙が、夜空と幸三の瞳の間に割って入った。 エレベーターが止まった。 若い男が二人乗り込んできて「食堂から火が出たらしいぞ」と上ずった声を吐いた。 男達は『1』階のボタンを押した。 エレベーターはゆっくりと下降を始めた。 夜空が遠のいていく。 1階にエレベーターが着いた。 男達は幸三と、とうとう声も出さず動かなくなったプロデューサーを残して逃げるようにと言うかまさに逃げているのだが、エレベーターから出て行った。 エレベーターは扉を閉めるとすぐに上昇を始めた。 幸三は必死になって『開』のボタンを押そうとするがどうしても手が届かない。 夜空が再び近づいてくる。 幸三の瞳と夜空の間に赤い炎が混ざり始めた エレベーターが止まった。 男が一人乗りこんできた。 さっきの番組の収録で冷や汗をかいたディレクターだった。 「すまないが、腰を痛めたみたいなので、1階に着いたらここから引きずり出してもらえないか」幸三は懇願の目をディレクターに向けた。 「平等なんです」ポツリとディレクターは吐いた。 「プロデューサーもあなたも私も。平等に生きる、平等に扱われる権利が我々にはあるんです。岩田さん、そうですよね」 エレベーターが1階に着いた。 「お互いに信念を持って生きていきましょう」 そう言い残すとディレクターはエレベーターを降りていった。 再びエレベーターが上昇を始めた。 夜空との距離がどんどんと近くなる。 プロデューサーの額から流れ出る血はますます勢いを増す。 「平等ってなんだーっ!!!」幸三は叫んだ。「なんだーっ!!・・・なんだパンダ、なんだパンダ、カメラの、ド♪イ♪だ〜っ!!」 合掌。
了
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