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作品名:サッ球少年 作者:syuru

第1回   前篇
 久しぶりにアンルイスのテープを聞きました。
 いいです。
 昨今のくだらないラップや、やたら暗いポップスよりよっぽどいい。
 宇多田ヒカル、彼女の大ヒット曲『オートマチック』曲名が間違っていたらスマン、を初めて聞いたのはつい最近。
 なんでこんな曲がいいのかなぁと思っているうちに平成大不況は明けたのか?
 宇多田ヒカルのもっと前、安室奈美恵を初めてテレビで見たとき「ミニラだっ」と発した中年親父は多いはず。
 地下鉄の中で携帯電話で嬉しそうに話す若者を見て『マナーがなってない』と思ったのも同類の親父。
 カズ、カズ、キングカズ・・・Jリーグが華々しく始まって、戸惑ったのは、少年野球で天狗になっていた田舎もんのイチロー。
 俺様は、今述べたように、今のこの国、JAPAN、がおかしくなった原因は、これら三点、安室奈美恵、携帯電話、Jリーグ、だと考えている。
 どうしてそんなことが言えるんだ?
 そう思う奴らに、一つ一つ解説を加えていってやる。
「安室奈美恵」
 彼女の登場は、世の中のブスゾンビを地上に這い出させた。
 ブスだって歌が上手けりゃ、何か一芸があれば、やっていけるんだ・・・希望。
 結果、世の中にはブスが蔓延してしまった。
 悪いことにブス、特に若いブスには勢いがある。
 手に手を取って街を闊歩し始めた。
 そら、ため息の二酸化炭素も増えるぜ。環境、環境、この空を汚したのは誰だ?責任者出てこいっ!!by人生幸朗
 日傘をさして、しゃりしゃりと歩を進める「美人」などどこかへ吹き飛ばされてしまった。
 と言うか、今の若い奴らは「いいもの」を知らない。
 悲しいながら。
 何も奴らが悪いわけではない。
 デフレの真っただ中で育った奴ら。夢も希望もありません。
 携帯電話代に月二万円も払うのにワンルームのマンションでコメを炊く。
 贅沢は敵だーっ!
 悪いのは平成大不況。
 俺様が思うに、この国JAPANは資源も土地も食料も何もない国。
 物価高でちょうどいい国。
 インフレJAPAN。
 それが、何年か前に「洋服の青山」が一万円スーツを売り始めてから何かがおかしくなった。
 独身の頃は青山のスーツなんか馬鹿にしていた。
 青山? あーあの安もののねぇ、あんなの着るようになったら俺も終わりだ。
 今、俺は終わっている。
 で、話を元に戻すが、一万円スーツはどうしてできたのか。
 画期的な生産方法でもできたのか?
 答えはNO、NO、NO〜〜〜っ。
 中間業者を削っただけ。
 問屋は日本独特の流通形態。
 その独特の流通形態でどれだけの人間が飯を食っているのかわかっているのか?
 わかってないよなぁ。
 単純な我らジャパニーズはみ〜ンな右へならえ。整頓完了!!
 アホな経営者共ともっとアホな労働組合のえらいさんは気持ちいい位労働者の首をはねていった。
 そのアホな経営者共ともっとアホな労働組合のえらいさんは今頃左うちわで畳一畳分くらいある液晶テレビ見ながら鼻くそをほじっているはず。
 みんなで金出しあって、金がなかったらベルマーク集めてゴルゴ13を雇うべき。
 ゴルゴならきっとアホな経営者共ともっとアホな労働組合のえらいさんの額に銀玉鉄砲の弾を当ててくれるはず。合掌。
 時間が無くなったんで今日はここまで〜っ。
 
 やっぱり宝田照のDJはおもろい、と思いながらやすしはラジオの電源をOFFにした。
 
 夜更かしをしていたのかめちゃくちゃ眠かった。
「毎晩遅くまで勉強してくれてご苦労さん」
 母親の嫌みを聞き流すとやすしは家を出た。
 学校に着くと女子が何か浮き足立っていた。
 転校生が来るらしい。
 それも、イケメンの。
「なぁ、和子、ほんまに見たん?」知美が聞いた。
「見たよ。
 今日私日直やったから一番最初に来てん。
 そしたら、男の子が多分、あれおかんやろなぁ、一緒に職員室に入っていったんを見てん。見かけん顔やなぁと思ってると、そのイケメンとおかんが“しゃくれ”と一緒に出てきたんよ」
 “しゃくれ”とは担任の佐藤のことで、もちろん顎がしゃくれていた。
「そんなかっこよかったん?」
 知美はもう完全に舞い上がっていた。
「そうやなぁ、誰に似てるか言うたら・・」
 和子が今や小さな子供からお年寄りまで知っている日本で一番人気のあるアイドルグループのリーダーの名前を言おうとした時、しゃくれがそのイケメンを連れて教室に入ってきた。
 教室が少しざわめいた。
 そのざわめきの中に彩加の声が混じっているのをやすしは確認した。
 彩加はやすしのオナペットだった。と、同時に、クラスのマドンナであり、かつ、やすしがキャプテンを務める野球部のマネージャーでもあった。
「はい、静かにして、みんなに転校生を紹介しますんで」
“しゃくれ”が受け口特有のくぐもった声を発している間も教室のざわめきは収まらなかった。
「東京から来た院徳治君です。みんな仲良うしたってください」
 “しゃくれ”の紹介にイケメンはぺこりと頭を下げた。
「そしたら、院徳治君、簡単に自己紹介してください」しゃくれのくぐもった声にイケメンは少し照れくさそうな顔をして口を開いた。
「このたび、東京から参りました院徳治です。
 向こうではサッカーをやってました。
 さっき佐藤先生に聞いたんですけど、この学校にはサッカー部がないってことなんで、すごく残念なんですけど、有志を何人か集めると部を作ることができるって聞いたんで、サッカーが好きな人がいたらぜひ言ってください。絶対にサッカーは面白いんでクラブを作りましょう。お願いします」
 教室の中に拍手が起こった。
 もちろん、すべて女子生徒の手のひらが奏でたものだった。
「なにがサッカーやねん」やすしは吐き捨てた。「あんなんええかっこしぃがやるもんやねん。だいたいスポーツ選手がピアスしたり、髪の毛伸ばして茶髪にすること自体おかしいねん。一点取っただけであほみたいに喜びやがって」やすしは自分の丸坊主頭を摩りながら言った。
「いいやんか」彩加の声だった。「スポーツする人がみんな丸坊主にせなあかんなんて決まってるわけやないんやから」
 院徳治の髪は耳を隠し、後ろ髪にいたっては華奢な肩の上にふわりと乗っかっていた。
「そんなんどうでもええねん。
 来週から地区予選始まんねんからユニフォームにちゃんと背番号縫い付けとってやぁ」
 言うとやすしは、カバンの中から、やる気もないのに、一時限目の国語の教科書を、彩加に対してこれ以上しゃべるんじゃないとばかりに机の上に叩きつけた。

 汗臭い部室の中に、女というよりは部員からすれば雌と言ったほうがいい、その雌が醸しだすいい香りが突然舞い込んできた。
 彩加が野球部の部室の扉を開けたのだった。
「キャプテン、ちょっといいですか?」
 やすしは「なんやねん?」と一瞬怪訝そうな顔をしながら、実は彩加から唯一崇められる立場にいることに幸せを感じながら部室を出た。
「これからマクドで院徳治君の歓迎会すんねんけど参加してくれへん?」
 院徳治、という言葉を聞いただけでやすしは拒絶反応を示した。
「来週から予選やでぇ。これから三角公園でみんな集まって素振りするんや」
 三角公園とは学校のすぐ近くにある、犬のふんがそこらじゅうに落ちている、近所の誰もが寄り付かない、やすしが彩加に初めて「好きやねん」と言った、錆びたすべり台がひとつだけある、公園だった。
「せやけど、男子誰もおれへんかったら、院徳治君もイヤなんちゃうかなぁと思って・・」
「ええやん、女子だけで。
 しょうもない男なんかおったらかえって迷惑なんちゃうの?
 女子が、見たい、喋りたいのは院徳治なんやろ?」
「そんなことないよ。
 今日は単純に院徳治君の歓迎会しようと思って・・・」
 彩加は泣きそうな顔をした。
「ねえ、お願いやから・・・」
 彩加に腕をつねられる前にやすしはマクドに行く決心をしていた。
 女を泣かしてはいけない、おいらは男、野球をこよなく愛する「男」なんだ。
 夕方6時を過ぎたマクドは近くの学生やなぜか親子ずれ(そういえばこないだ宝田照が言ってた、アホな親。晩飯をマクドで済ます親が最近たくさんいるってのはこのことかとやすしは思った)でにぎわっていた。
 そんな中でも、店のある一角だけは異様な盛り上がりを見せていた。
 その盛り上がりの中心にはもちろん院徳治がいた。
「彩加遅いやん、もうみんなバリューセット食べ終わったでぇ」知美はまだ舞い上がったままだった。
「ごめん。予選が始まるからいつもより練習終わんの遅なってん」
「予選って、うちの野球部は強いの?」院徳治が割って入った。
「普通」やすしが院徳治の方を見ずに答えた。
「普通って?」院徳治はやすしを見て聞いた。
「強くもないけど弱くもない」
「はっはっ。
 やっぱり大阪の人は面白いよね」
 やすしは、口に付いたケチャップやマヨネーズを拭く紙ナプキンの詰まったステンレスのケースに手をかけたが、彩加が「私らもお腹空いたからなんか頼んでくるわ」と言ってやすしの腕をひっぱり、レジカウンターまで引きずっていった。
「こちらでお召し上がりですか?」
 マニュアル通りに話す店員の声に耳を貸さないやすしに、彩加が気を使い「はいそうです」と言って無理矢理メニューに目を落とした。
「そんなに怒りなや」
 メニューを見ながら彩加が肘でやすしの脇腹をつつく。
「怒ってへんよ。
 ただ、ムカついてるだけや」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 空気を読まない店員がまた二人に聞いてきた。
「はっ、はい、えーっと、私はフィレオフィッシュとコーラのSで、キャ、キャプテンは?」
「ビックマック2つとコーラのL」
 
 2つめのビックマックがやすしの胃袋に収められたとき、院徳治の周りには相変わらず瞳を輝かせたクラスの女子の輪ができていた。
 もちろん、彩加もその輪を形成している一人だった。
「笑っちゃったよ。
 こっちじゃ、マクドナルドのことを「マクド」って言うんだよね。
 向こうじゃ「マック」って言うんで、今日「マクド」で歓迎会を開いてくれるって聞いたときに、きっと大阪にだけあるファミレスだと思ったんだよ」
 どっと、クラスの女子が笑う。
 やすしは、小学生の時、クラスに東京から転校生がやってきて、しこたま嫌われ、イジメられたことを思い出しながら席を立った。
 誰も気づかなかった。
 ただ一人、さっきの、空気を読まないレジカウンターの店員だけが「ありがとうございました」と大きな声を上げた。

 ゆとり教育世代のばかなお前たち、こんばんは、宝田だーっ、照だっち!
 いぇーっ、さっき、ピンクレディーを聞いていましたっ、ミーちゃんの太もも最高っ!!
 だけど、昨日も言ったけど、ほんとに失礼と言うか、常識がないというか、一ヶ月間生理がないというか、とにかく、バカが街中にあふれてるよなぁ。
 こう見えてもおれも昔はサラリーマン、いわゆる、サラリーをもらって生計を立てているマン・・・そのままやんけーっ、誰かつっこめーっ、こらっ、ボケっあほっカスっ。
 で、ある一部上場企業にいたこの俺が滅多に他人を尊敬したことのないこの俺様が唯一尊敬していた上司が、ある日、訪問したお客さんの前で、突然鳴り出した自分の携帯に出てしまったんだ。目が点になったぜ。目の前にいるお客さんを無視して電話に出たんだぜ「はい、かしこまりました。それでは、来週の水曜日に伺わせていただきます」って。
 一瞬お客さんも、えっ?て言う顔したんだけど、今になっては古代の遺跡。
 目の前で話している人を愛しなさいって俺はクリスチャンのおやじから習ったんだけど、そんなもの、どこか遠くへ飛んで行ってしまったぜ。
 まあ、こんなこと、何が正しくて、何が悪くて、何が奇麗で、何が汚いかを学んできていないというか経験してないお前達に言ってもわからないと思うけど、今自分が話している目の前の人との会話を突然中断して他の人間と話し出すというのはついこの間まで非常に失礼なことだったんだ。信じられないことだったんだぜ。
 それが、この世に携帯電話なるものが登場してきてからはそんな当たり前なことが吹き飛んでしまったんだ。
 何回言っても、いまだに満員電車の中で足組んだりヘッドホンの音を漏らしてるやつがいる。何度言ってもしゃうがないんだ、ああいう田舎ものは。
 これは何も田舎の人をバカにしているんじゃないんだ。田舎の人はそもそも経験がないんだ。エスカレーターの片側を歩く人のために空ける、そんなこと知らない。当たり前だ。だってエスカレーターに乗ったことがないんだから。
 だけど、今の、都会に住む田舎ものは違う。
 こんなことすれば人に迷惑かかるんだろなぁというのがわからないというか、教えてもらってないんだ。母親から。
 まあ、それも‘経験してない’という言葉でくくれるんだけど、要は母親、オカンがだめなんだよ。
 今のオカンみてみろ。
 ろくなオカンいないぜ。
 タバコは吸うし、髪の毛は茶色いし、夜中自転車乗るのにライト付けてねぇし、あんな奴ら子供産んだらだめなんだ。オカンになる資格なんかないんだよ、後世を育てる資格というか資質がないんだよ。
 だけど、ああいう奴らに限って繁殖力が高いんだよ。
 犬みたいにポコポコといくらでも子供を作るんだよ。
 若いうちに、ピーーーーーーーーーっ(放送禁止用語)、取っとけばいいんだよ。
 悪い何とかは元から絶たなきゃだめっ、だめっ、だめっ、だめっ、だめっーー!!
 お前らこんなCM知らねぇだろうなぁ。
 まあ、とにかくこの世の中、IN JAPANをおかしくしたのは今の若い子供らを持つオカン、まあ、苦情承知で言うけど、ちょうど、男女平等をうたっていた年代の女連中。       
 我がの平等ばかり鼻の穴をふくらませて叫ぶ挙句、我がのしなければいけない義務を放棄していた。そうだなぁ、団塊の世代のちょっと後くらいのおばはん連中かなぁ。
 電車の中で、ブサイクな顔に化粧したり、口を思いっきり空けてハンバーガーを頬張ったり、周りの人間が口から汚物を吐きだすのを必死に抑えていることにも気付かず自分よりさらにブサイクな男と抱きあったり、おっさん連中が肩寄せ合って喫煙コーナーで紫煙をくぐらせている姿を遠巻きに見ながら組んだ足もとに灰を落としたり。
 そのうち、道端でSEXしたりウンチしたりする娘が出てくるんじゃねーか。
 頼むから「いやだー、昨日食べたカレーがもうウンチで出てきた」って言わないでくれよっ。
 そんなの、ピーーーーーっ(放送禁止用語)大好き人間が、前を、ピーーーーーっ(放送禁止用語)だけだからな。
 まあ、とにかく、完全に二つの「ち」を失くした、そうだ、お前らこの二つの「ち」ってわかるか?
 一つは知性の「知(ち)」。
 もう一つはウンチの「チ」・・・って嘘だぞーっ、恥(はじ)の「恥(ち)」だぞーっ。
 まあ、そんなことだから、この国JAPANは良くならないってことでーーーすっ。
 じゃあっ、リクエスト、お前らのアホなリクエストは聞きません、この俺様のリクエスト、ピンクレディーのU〜F〜O〜〜っ、信じー♪られないー♪ことーばかーりーっ!!
 やすしは宝田照の雄たけびを聞きながら果てた。
 今日二回目だった。
 もちろん、お世話になったのは・・・彩加だった。
 
 「機嫌直ったん?」
  彩加だった。
 「どういう意味よ?」
 「みんな心配してたで。急におれへんようになってんから」
 「急にって? だいぶ経ってから気づいたんやろ。
  それまではみんな、あの東京少年に夢中やってんから」
 「そんなことないよ」彩加は少しふてくされた顔で言った。
「そんなんどうでもええから、今日の監督からの背番号の発表に備えてちゃんと準備しといてや。
  背番号もらわれへんかった奴への気遣い頼むでぇ」
「はいはい」
 彩加がしょうがないなぁと言わんばかりに言葉を吐いたとき「一緒にゴールを決めませんかーっ」と院徳治の声が聞こえてきた。
 昼休みの時間を利用して校庭の片隅で勧誘活動を行っていた。
 男子生徒は誰も足を止めなかったが、同じクラス、もちろん、やすしのクラスの女の子達が院徳治の周りを取り囲んでいた。
「向こうに行きたいんちゃうの?」やすしが彩加を茶化した。
「やっぱり、まだ、すねてんねんやん」
「すねてへんよ。
 向こうに行きたいっていう顔してるから、そう言うただけや」
 やすしが憎たらしそうに彩加に言ったとき、二人の脇を卓球部の高野が通り過ぎていった。
「おい、ピー」
 やすしの声に高野が振り返った。
 高野はやすしと小学校からの同級生で、顔の形がピーナッツのような細長い形をしていたので、ピーナッツの頭文字をとって“ピー”と呼ばれていた。
「今日はピンポン部練習あんのか?」やすしは馬鹿にしてピーに聞いた。
「あるよ。
 俺らも来週試合やから」
「試合言うても、どうせ一回戦で負けんねんやろ」
 やすしは卓球部と言うか卓球というものを完全に馬鹿にしていた。
 あんなもの、なよなよした色白の奴らがするスポーツ、いや、スポーツなんかではない、単なる戯れだ、男ならやっぱり野球だ、野球をやらなければ男ではない、と時代遅れも甚だしい考えを持っていた。
「そんなん言うても、お前らかって甲子園に行けるわけでもないんやろ?」
 やすしは返す言葉がなかった。
 ピーの言う通り、甲子園など夢のまた夢、部の最高成績は地区予選で3回戦進出、それも、まだ、バットが木のバットの時代のことだった。
「あほか、ピンポン部と一緒にするな。
 野球はもっと奥が深いんや」
 やすしのわけのわからない理屈を、はは、と人を馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべてピーは行ってしまった。
 ピーとは中学時代、毎日毎日、野球に明け暮れていた。
 やすしがエースで4番。
ピーがやすしの球を受ける女房役をつとめ、二人でチームを引っ張っていた。
 高校に行っても一緒に野球をやってくれる、やすしはそう信じて疑わなかった。
 しかし、ピーは高校に入学するや否や、迷わず、卓球部に入部した。
 毎日の練習時間は野球部の約半分、休みは、お盆の3日間と大晦日と正月三が日だけの野球部とは違い、ほぼカレンダーの赤文字だけあった。
 やすし達が通っている高校は公立高校で、進学校とはいかなくても、卒業生のほぼ100%がそこそこの大学へ進学する準進学校だった。
 出れもしない甲子園へのつまらない夢を追いかけるのなら、負担の少ないクラブに入って、勉強に勤しみ将来に備えたほうが余程いい、そんな魂胆なのかどうなのかとりあえず卓球部に入部したピーに、やすしは、裏切られた、と思っていた。
「背番号はいつも通り、練習が終わってからでいいんやねぇ?」彩加がやすしに聞いた。
「うん。いつも通りで頼むわ」
 やすしの少し元気のない声に、遠くから聞こえてくる院徳治の張りのある標準語が覆いかぶさった。
「サッカーって、最高でーーーすっ」・・・。

違いのわからない、ゆとり教育世代の、前頭葉が溶けてしまった、単にバカなお前たちっ、コーヒーはネスカフェだっ!!
 と言ってもわからないよなぁ、バカなお前たちには・・・、だいたい、俺の宝田っていう名前、漢字で書けるのか?
 円周率が「3〜んっ」世代のお前たちには、無理だろうなぁ・・・。
 で、話がガラッと変わるけど、昨日たまたまテレビを見てたら、Jリーグをやってたんだ。
 お客さんがほとんどいなかったぜ。
 カズ、カズ、カズ、キングカズっ!のJリーグだぜ。
 カズの代わりにゴンが出てたけど、全然盛り上がってなかったよなぁ。
 だいたい、最近はほとんどテレビ中継もないし、NHKがしょうがないからって開幕戦と、優勝が決まる頃に少しやってるだけだからなぁ。
 と言うか、だいたい俺はあのサポーターってのが嫌いなんだ。
 だいたい、あいつら本当にチームを応援しに来てるのか?
 それ以前にサッカーのルールとか知っているのか?
 単に自分が楽しみに来てるだけだろ。
 この間、何かのテレビで言ってたけど、外国の人間から見ると、日本のサッカーのサポーターってのは気味悪いらしい。
 ずっと応援してるって。
 外国のサポーターはメリハリつけて、騒ぐ時は騒ぐけど、騒がない時は騒がないんだって。そんな日本のサポーターみたいに、試合が始まる前から終わるまでの間ずっと体を揺すり続けていない。
 どこかの外国のキャスターが言ってたけど、何か新興宗教の集まりみたいだって。いかにも日本らしいって言ってたぜ。
 あと、あのブーイングってのはなんなんだ?
いつからこの国JAPANに入ってきたんだ?
ボクシングの世界タイトルマッチなんか見てると、アメリカなんか、対戦相手の選手紹介の後には嵐のようなブーイングが起こるけど、日本は、どんなに日本人の選手に勝ってもらいたいと思っていても、相手の選手が紹介されるとみんなきちんと拍手で迎えたもんなんだ。
よその国からすると、自分の国の対戦相手にどうして拍手なんか送るんだって不思議がるけど、それがこの国JAPANの良さだったんだ。
確かに野球なんかの試合見てると、応援しているチームがだらしない時はヤジを飛ばしたり生ビールの入っていたカップとかを投げつけてるけど、あれはあくまで個人的な怒りを個人的に、対象のものにぶちまけているだけのものなんだけど、あのブーイングっていうのは全員の思いが一つになっているっていうのが妙に気持ち悪いんだよ。
みんなで応援して、みんなで非難する…その中途半端な共同意識が、実に・・・実に・・・気持ち悪〜〜〜〜〜いっ!!
試合に負けたからってスタジアムに居残って、選手に頭を下げさせ、それでも足らずに経営陣を引っぱり出して禿げた頭を下げさせる。
 あんなの本当のファンじゃないぜ。
 頭を下げるほうも下げるほうだよ。あんな気持ち悪いサポーターに、何も選手の給料を払ってもらっているわけじゃないんだろ?
 いやなら応援なんかしてもらわなけりゃいいんだよ。
 こっちから頭下げて、どうか応援してくださいってお願いしてるわけじゃないんだ
  ろ。
 まあ、所詮、サッカーに携わっている人間ってのはそんな程度の人間ばっかりなんだよ。
 なんていうか、頭はおからのくせして、なにかいつもすかしてるって言うか、この間、大阪にいる友達に聞いたんだけど、そういつ奴らを大阪では“いきり”っていうんだって。
「なにあいついきってんねん」と言って、たいがい東京から転校していった奴は初めはいじめられるんだって。
 なにを“いきがっているんだ”の“いきり”らしいぜ。
 確かに、サッカーの何とかチェアマンなんてのはネクタイの色をスーツに合わせていつも“いきって”いるけど、野球の何とかコミッショナーなんかいつ見ても青か赤の原色のネクタイをただつけてるだけだもんなぁ。
 まあ、二番手はいつまでも二番手でいいんだよ。
 あくまで、この国JAPANの一番手は野球なんだよ。
 サッカーはいくら頑張っても二番手なんだよ。
 それはそれでいいんだよ。
 二番手は二番手でしっかり自分の役目を果たしとけばいいんだ。
 それを変にしゃしゃり出て一番になろうとするから世の中何かがおかしくなるんだよ。
 確かに一番手がしっかりしないってのもあるよ。
 プロ野球も俺が思うに労働組合なんか作るからおかしくなっちゃったんだよ。
 自分たちの金のことしか考えないからファンにそっぽ向かれちゃって。まあ、自業自得だよ。少しは頭打ってちゃんと考えるようにすればまた良くなると思うよ。
 Jリーグもあまりにもスタートが良すぎたから、余計に凋落ぶりが目立つんだよ。
 まあ、この国JAPANにはサッカーってのはなじまない。あくまでも、学校で一番もてるのは野球部でいいんだ。坊主頭のニキビずらの汗臭いのがいいんだよ。耳にピアスつけて、ロン毛をなびかせて、ちょっと一点取っただけで、植民地が独立を勝ち取ったように喜ぶような奴らはこの国JAPANには受け入れられない。
 二番手はしょせん二番手。5番バッターはいくら頑張っても4番バッターにはなれない。
 世界の音楽シーンがダメになったのも、ポップスと言うかロックがダメになって、ラップなんかが一番になっちゃったからだ。
 ラップはあくまで脇を固める二番手。
 一番手になんかなっちゃダメなんだ。
 みんなわかったかー、ってわかるわけないよなぁ、バカなお前たちに、まあ、これだけは言っておくけど、沖縄県は九州のずっと南にあります。天気予報で日本海のずっと北側に描いてありますけど、あれはあくまでスペースの関係であそこに描いているだけで、あくまで沖縄県は九州のず〜っと南にありますっ、よろしくっ!
 じゃあ、沖縄っていうところで、どこへいっッたの?いつになったら帰ってきてくれるの?フィンガー5の「学園天国」を聞いて今日は終わりだっ、早くマスかいて寝ろっ!!!

 やっぱり、宝田照は最高だ、と思って、言われたとおりにしようとティッシュペーパーの箱を手繰り寄せた時、携帯が鳴った。
 着信の番号を見ると見慣れない番号だった。
 放っておくと切れてしまい、しばらくすると、また同じ番号が携帯を震わせた。
「はい」・・・院徳治だった。
“二十人集まったんだよ”
 昼間の部員募集の話だった。
 明日、“しゃくれ”に話をして、正式にサッカー部の設立をお願いするとのことだった。
“で、彩加ちゃんに・・・”
 彩加ちゃん・・・ちゃん・・・ちゃん・・・・・そんなこと俺これまで一回も言うたことないーーーっ!!!!
“マネージャーをお願いしようと思って・・・”
 携帯をブチ切ると、やすしはジャージを降ろし、「彩加〜〜〜っ」と雄たけびを上げると、自分の陰茎をナニを覚えた猿のようにしごきまくった。
 結局、昨日の夜は5回果てた。
 今、こうやって、彩加と院徳治を前に話していても性器が脈打っているのがわかる。
「だから、好きにしたらええやんか」やすしは不貞腐れ気味に二人に言った。
「好きにっていうたって、どうやったってキャプテンは怒るんでしょ?」
「怒れへんよ。なんで俺が怒らなあかんのん?
 サッカー部のことに俺が口はさんでもしゃあないやろ」
「じゃあこうしないか?」院徳治だった。
「月曜から水曜までは俺達サッカー部のマネージャーを彩加ちゃんにやってもらって、木曜から日曜まで、練習試合なんか必ず休みの日にあると思うから、その間は野球部のマネージャーをやってもらうってのは?」
 院徳治は一時間程ばかり前に“しゃくれ”にサッカー部創設をお願いしてきたばかりだった。
「せやから、好きにしたらええやんか、なあ、彩加」
 院徳治の彩加「ちゃん」に対抗するべくやすしはあえて彩加と呼び捨てした。
「ところで、院徳治さぁ」やすしは一晩一緒に飲んだだけで、俺に気があると勘違いしていやがるOLに体を求める中年サラリーマンのような本当にいやらしい顔を院徳治に向けた。
「お前、月曜から水曜って言うたけど、そんなに練習できんのん?」
 院徳治はえっ?という顔をして「練習できるの?って言ったって、毎日練習しなきゃだめじゃん」と言った。
 やすしは久しぶりに聞いた“生”「じゃん」に強く不快感を覚えた。
「そういう意味ちゃうねん。
 練習する場所あんのん?って聞いてんねん」
「場所って・・・学校の校庭、グラウンドのことだろ?」
「そうや」
「そんなのいつでもできるじゃん」
「院徳治、おまえ伝統って知ってるよな」
「知ってるよ」
「我野球部はなぁ」
 そこから、やすしはこんこんと、野球部の創設から現在に至るまでの歴史を話し、そして、「で、院徳治、お前よく聞けよ」と言って、部室の壁にも写真が掲げられている、もう三十年も前に人気のないパリーグの在阪球団にドラフト6位で指名され、当時「公立高校の星」と騒がれた、5年間の現役生活で15本のヒットと1本のホームランという記録を残した高田という野球部OBの人間の話を続けた。
「へぇー、すごい人じゃん」院徳治はさらりと言った。
「すごいのはわかってんねん。
 そんなすごい人を輩出した、我が伝統ある野球部と、お前らほんまにちゃんと部になんのかならへんのかわからへんサッカー部が同じようにグラウンドを使えると思ってんのかぁ?」
「そんなの関係ないじゃん。みんなのグラウンドなんだから」
「あほかっ!」やすしは声を荒げた。
「キャプテンっ」彩加が二人の間に入った。
 やすしの言う通り、やすし達が通う高校は、野球部が天下を取っていた。
 決して広くはないグランドのほとんどを野球部が“占拠”し、残ったわずかな敷地を、陸上部、バスケット部、バレー部、テニス部が肩寄せ合ってクラブ活動に励んでいた。
 雨が降った時など、体育館で練習に勤しんでいる剣道部や卓球部を押しのけ、野球部様のお通りだ、と言って突然筋トレを始めた。
「じゃあ、今、院徳治君が言うたように、私、月曜日から水曜日まではサッカー部のマネージャーやります」
 えっ?
 やすしは驚いた顔をした。
 彩加は絶対に院徳治の誘いを断ると思っていたのだ。
「好きにしたらええやんけ。
 まあ、二人で素晴らしいゴールを決めてくれ」言うと、やすしは「アディオス」と言い残し去っていった。
 初めて彩加に告白した時に、YESと言ってもらえず、照れくささを隠すために言った半分ギャグで半分マジな言葉だった。

 ゆとり教育の被害者、アホの三乗なお前たち、って言うか、お前ら三乗ってわかるよな?
 畳の三畳じゃないぞっ、同じ数を三回かけることを三乗っていうんだぞっ!宝田だっ!!照だっ!!
 今日も電車に乗ってたら、若い女の子が大口を開けておにぎりを頬張っていたぜ。
 人前だっ! お前は何も恥ずかしくないのかっ! 頼むから電車の中で排便だけはやめてくれっ、あと、もう一つだけ、お願いだから、絶対に子どもなんか産むんじゃないぞっ、悪の連鎖は断ち切ってくれ、だいたいお前らのように知的レベルの低い奴に限って繁殖率が高いんだっ、ゼロはいくつ掛けったってゼロなんだ、引いても割ってもゼロなんだっ!!
 お願いだからゴムだけはちゃんとつけてくれ、お前たちは子孫なんて残さなくていいんだ、少子化問題なんてお前達には関係ない、ちゃんと頭のいい人が考えてくれるから、どうかお前たちは毎日くそして飯食って下らないバラエティー番組を見て風呂入って恋などせずに静かに死んでいってくれ、それが世のため人のためなんだーっ!!わかったかっ、このアホどもがっーーー!!  って、また電車の話で悪いんだけど、最近、あのキャスター付きのカバンってのが増えたよな。まあ、重いものが持てない年寄りなんかにはいいと思うんだけど、年寄りでもなんでもない若い奴だとか中年のおっさんだとかが、当たり前な顔して引いて回ってるけど、邪魔でしょうがないんだよっ!!
 ちょっと重たいくらい我慢して自分の手で持てってんだよっ、自分の持ち物は自分の体の一部なんだから、それくらいは意識してもらわないと、ってそんなこと特別に言う必要なんかないと思うんだけど、この国JAPANのモラルが気持ち悪いぐらい下がっちゃったから言わなきゃしょうがないから言うんだけど・・・あっ、そうだ、モノが売れなくて困っている日本全国の営業マンは息詰まった時は、周りの人に迷惑をかける商品を考えればいいんだ。うんこの匂いがする香水だとか、畳一畳分くらいあるスポーツ新聞だとか・・あっ、それと、タバコの話しちゃうぞっ。・・・って、ころころ話題が変わって大木こだま・ひびきの漫才みたいになってしまったけど、とにかく、俺様、宝田は、女のタバコが大っっキライだーーっ!!!
 だいたい図柄が汚いんだよっ、どブスの女が疲れたーって言う顔して鼻から煙を吐く姿ははっきりいって公害だ、産業廃棄物だ、この世の中EARTHでタバコを吸っている姿が決まっている女はスーパーモデルだけだ。あの細いメンソールか何かをくわえている姿だけだっ・・・でこの間も嫁さんに連れられて、近くのやたらでかいショッピングモールに出かけたんだけど、途中でタバコが吸いたくなって、動物園によくある珍しい鳥だとか猿が入れらている狭い檻のような喫煙室に入って紫煙をくゆらしていたら、入ってくるのは女ばっかりじゃないか。若い前頭葉が豆腐のようになっている女だとか、中には子ずれのババアが来て、子供を外に待たせて、鼻から煙を吐き出している、お前ら恥ずかしくないのかっ、といっても物を考える力を失くしたあいつらにはもう無理なんだろうなぁ、だいたい昔のお母ちゃんはタバコなんか吸わなかったよなぁ・・・何か俺が持っている「お母ちゃん」のイメージと全然重ならないんだ、確かに今のノーテンパーキチの母親みたいに若くは見えなかったし、服装だってあか抜けてなかったけど、何か、それが「お母ちゃん」だったんだよなぁ・・・娘とお揃いの服装を着て嬉しがっているバカな「お母ちゃん」もいなかったし、亭主と子供を放っておいて、日付が変わるまで家の近くの居酒屋で騒いでいるもう死んだほうがましなんじゃないかと思う「お母ちゃん」もいなかった。
 ほんとこの国JAPANはもうだめだよ、女の質が下がりすぎた、犯人はもう誰だか言わねぇけど、今俺様が言ったアホでバカでとっとと死ねばいいオカン連中、その躾もなにも受けていないアホどもを育てた今ウン十代近辺のオカン連中だ。自分の権利ばっかり主張しやがって、ちゃんと自分の子供の躾をしろってんだっ。これは批判覚悟で言うけど、最近サウスポーが増えたと思わないか?昔俺達は「ぎっちょ」って言ってたんだけど、カルピスのあの黒い人形と一緒に“差別”だからって闇に葬られちゃったけど、その「ぎっちょ」ってのは昔あまりこの国JAPANじゃ歓迎されなかったんだ。だから、昔はみんな強制的に右利きにされたんだけど、今は個性を重んじるとか言って、まあ、あの世界のイチローも打つほうはサウスポーだし世間はそれで良しと思ってんのか知らないけど、俺様から言わせりゃ、「お母ちゃん」の怠慢だよ。躾を怠りました、何も躾てません、ただそれを如実に表しているだけーーーっ!!!
 で、また話題変わるけど、バカなお前たちっ、お前ら「ベルリンの壁」って知ってるか?
 昔ドイツは、ってお前たち、ドイツって国は知ってるよなぁ?
 悪いけど、ここでドイツを知らないやつは退場願います。とっととラジオの前から姿を消してください。
 で、その「ベルリンの壁」っていうのは、第2次世界大戦の後に、東西冷戦というのがあって、本来一つの国のドイツが東ドイツと西ドイツに別れちゃったんだよ。何で、俺様が社会の先生になんなきゃいけないんだよっ!…って、まあ、結局、俺様が言いたいのは、
壁ってのはある程度必要だってことなんだよ。
 確かに、たまたま出張に行ってたりして、家族が何十年も離れ離れになっちゃったって言うのは可哀そうだけど、じゃあ、ドイツが一つになったからといって良かったかっていうと、結局なかなか一つに融合できない、それまで違った歴史を紡いできた国が急にすんなりと一つに融合なんかできるわけないんだよ。
 何が言いたいかって、無理やり壁をぶっ壊して、男も女も一緒、エリートもできそこないもみーンな一緒っ、て言ったってそんなの無理に決まってんだよ。
 男は男でいいんだよ。女は女でいい。エリートはエリートでいい。できそこないはできそこないでいいんだよ。
 それを、男も女も平等、男の子のことを・・君とは呼ばさず・・さんと呼ばせたり、中途半端なブルマなのか半パンなのかわけのわからないパンツをみんなにはかせて、騎馬戦も徒競争も男女一緒くたにして、おまけにテストを百点も三十点もみ〜ンな一緒、よくできました、ってバカか日教組はっ!!
 男には男にしかできないことがあって、女には女にしかできないことがあるんだよ。
 どんなに頑張ったって肉体労働には女には限界があるし、男に子供を産めっていったって産めるわけがない。
 テストで百点を取った子は褒めてあげればいい、三十点の子にはもっと頑張れと叱咤激励すればいい。
 そこでみんな何を感じるかだ。
 目の前に立ちはだかる「壁」を前にして、何を考えるかなんだ。
 そこが一番大事なんだ。
 それを簡単に「壁」を取り壊して、み〜ンな一緒、み〜ンな平等、肩組みあってみ〜ンな一緒に生きていこう…ってアホかお前らっ!!
 そんなことだから知性も感性もないアメーバーみたいなベターっと地べたに這いつくばってる人間ばっかり出来てしまったんだよ。
 こんな、クソくだらない国から俺様は出ていくからなっ、あっ、金がないぞっ・・・、しょうがないなぁ、ベルマークでも集めて卓球台もらって無人島へ行って、そこで死ぬくらい卓球やって、って、無人島じゃあ卓球やってくれる相手がいないし・・・じゃあ、愛ちゃんでも呼んで、って、愛ちゃんもこの間スポーツ新聞を賑わせていたから、無人島で一人寂しく、ヤシの木に立てかけた卓球台に向かって、これでもかって白い白球を叩きつけて、そして、俺は歌うんだっ!!  リンダ、リンダっ、山本リンダっ!! 政治に走っちゃいけないよっ♪
 そしてっ、バカなお前たちっ!噂を信じちゃっいけないよっ!!
 
 センバツにつながる地区予選一回戦を翌日に控えた、五時限目と六時限目の間の休憩時間にやすしは“しゃくれ”に呼ばれた。
「なんですか?」とやすしは昨日五厘刈りにしたほとんど毛のない頭をなでながら聞いた。
「サッカー部が正式に部として認可されたから」
「そうですか。わかりました」
「で」“しゃくれ”はペリカンのような顎を摩った。「運動場のことなんだけど、サッカー部も基本的には毎日練習をするって言うてるから、うまいこと話し合って仲良く使うようにな」
「仲良くって・・・あいつらサッカー部なんか今できたとこですやん。僕らの野球部は伝統もあるし、実績もあるし、あいつらは何にもありませんやん。大先輩の野球部がなんであいつらとグランド一緒に使わなダメなんですか。どっか自分らでグラウンド捜してきたらいいんですよ」
「そういうなよ、やすし。お前の言いたいことはようわかるけどやなぁ、同じ学校のクラブなんや。伝統とか実績なんか関係ないねん。みんな平等にグラウンドを使う権利があるんや」
「そんなこと言うたって・・・」やすしはニキビ面を膨らませた。
「工場地帯の中の長い間空地やったとこに小さな家が一軒建ったんや。
 そしたら、工場からの騒音や悪臭でその家の人が工場を相手に裁判を起こした。
 工場側は『最初からここにおったんは俺らや。おまえら後から引っ越してきてんからガタガタ言うな。俺らはこれまで通り操業を続ける』
 裁判の結果は、もちろん工場側の負けやな。
 十年も前からいようが百年も前からいようが、そんなん関係ないねん。
 家建てた人かって結構な金を払って自分の家を買うたんや。
 その時点で“周りの人間に迷惑を掛けられない権利”ってのが発生するんや。
 サッカー部も一緒なんや。
 この高校のクラブとして正式に認められた。
 そしたら“グラウンドを平等に使える権利”が発生するんや。たとえ、できたばっかりのクラブとしても」
「それはわかるんですけど・・・」
「院徳治には、近くにええグラウンドがないか探しとけ、とは言うといたから」
 舌打ちを何度も繰り返しながら教室に戻ると、一年生の坂本が「ちわっす」と頭を下げて席の前までやってきた。
 坂本が口を開く前に「お前、明日試合やぞ、はよ帰って頭刈ってこい」とやすしは坂本の頭を叩いた。
「いえ、ちょっと話したいことがあって」と坂本。
「なんやねん?
 明日の試合のことやったら、授業終わってから部室でミーティングするからその時でええで」
「いや、違うんです」言いながら坂本の顔が真っ赤になった。
「実は、野球部辞めたいんです」
「えっ!?」やすしは短いが教室の全員に聞こえる声を発した。
「すいません。いろいろ考えたんですけど、もう決めたんで。失礼しますっ」言うと坂本は教室を逃げるようにして出ていった。
 やすしは一瞬何が起こったのか分からなかった。
 坂本はすごくセンスのいい選手だった。
 野球部の伝統で下級生はどんなにうまくても上級生よりも若い背番号をつけることができなかったので、やすしはしょうがなく13番という背番号を坂本に与えていたが、明日の予選一回戦には先発でセカンドを守らせるつもりでいた。
「なんでやっ」やすしは坂本を追った。
 廊下に飛び出したとき、院徳治と危うくぶつかりそうになった。
「すまん」やすしは院徳治に手で誤ると矢のように廊下を駆けていった。
 その後ろ姿を見て院徳治はにやりと笑った。

 こんばんは、宝田です、照です。
 今日は元気がないです。
 友達が一人死にました。
 ただの酒の飲み過ぎです。
 家族もあったのに、あいつは家族のことを顧みなかった。
 酒ばかり飲んでた。
 太宰治が好きだと言って「俺は好きな酒を飲んで死ねたら幸せさ、お母様、生まれてきてごめんなさい」って冗談なのか案外本気だったのかよく口にしていた。
 そうだ、バカなお前たち、若いうちにっていうか、一度は太宰は読んでおいたほうがいいぞ。こき下ろす人もいるけど、俺は好きだ。確かに自虐的で、最後は逃げて自殺しちゃったけど、一度は読んどけ。何かを感じるはずだ。
 死は誰にでも訪れる。どんな馬鹿なお前たちでも、スーパー天才の俺様にも必ず訪れる。
 それが、人間に唯一与えられた「平等」だ。
 だけど、どんな形であれ、人が死ぬのは悲しいことだ。
 亡骸を見たのは、小学校の時におばあちゃんが死んだ時以来だったよ。
 あの時の記憶はいまだに鮮明に残っていて、白い布を顔から外すと、蝋人形のようになったおばあちゃんが鼻の穴に綿をつめられていたことを。
 こわかった。すごく、こわかった。
 だからなのか、そうなのか、ずっと『死』から逃げていた。俺様には関係ないことだ、って。
 だけど、俺様も、今年は厄年だ。
 まあ、お前達に厄年だって言っても、いったい何のことだよ?って言うだけだと思うけど、おやじだっておふくろだって、もういつ死んでもおかしくない歳なんだ。
 だから、そろそろ『死』に向き合ってみようと思ったんだけど、とにかくお前達、死んじゃだめだぞ。
 お前達と同じ年くらいの娘さんがかわいそうなくらい泣きじゃくっていたよ。
 イヤなことがあったからって、硫化水素たいたり、レンタカー借りて仲間募って練炭囲んじゃだめだぞ。
 どんな人間だって最後は死ぬってのはこの人間社会で唯一の『平等』だって言ったけど、自分の意志で自由に死ねる『権利』なんて誰も持ってねえんだからな。
『自殺』という行為を認める奴が世間にいるけど、俺様は絶対に認めないからな。
 太宰治は好きだけど、自殺したってのだけは俺は認めない。
 毎年三万人が自らの命を絶っている。
 朝、「行ってきまーす」と言って家を出た人間が毎日毎日百人もの人間が死んで戻ってこないんだ。
『心』は家に置いて行けよ。
 家に置く場所がなけりゃ駅のコインロッカーでもいい、神社の中の大きな欅の木の根っこに掘った穴でもいい。
『心』を持ってぶらぶら歩くからおかしくなるんだ。
 間違っても死ぬんじゃねえぞ。
 お前達、前頭葉がトロトロに溶けたバカだけど、死ねば悲しむ奴がいるんだ。
 頼むから、生きてくれっ。
 じゃあ、あいつが大好きだった曲、ブライアン・アダムスの“ヘブン” 聞いてくれ。
 明日からは、又、元に戻るから。
 今日はすまなかった、じゃあ。

 ブライアン・アダムスのしわがれたバラードを聞きながら、やすしはユニフォームに縫い付けられた『1』の背番号をじっと見つめていた。
 坂本を説得することはできなかった。
 チームにはなくてはならない存在だと何度も強調したが、とうとう首を縦に振ってもらえなかった。
「丸坊主がイヤなんです」
 坂本の口から出た初めの言葉がこれだった。
「練習がきついんです」といったような言葉を想像していたやすしには意外だった。
「そしたら、明日の試合はそのままでええわ」
「いや、もう二度と丸坊主にはしたくないんです」
「しゃあないやんけ。野球部の伝統やねんから。
 それに、汗とか?くから長い髪よりは短いほうがええやろ」
「いえ。髪の手入れはちゃんとするんで」
「手入れって、そんな問題やないやんけ。
 有名なスポーツ選手で長髪の奴なんかおるか?」
「長髪じゃなくていいんです。
 坊主頭、五厘刈がイヤなんです。
 もう思いっきり時代遅れやないですか」
 やすしには返す言葉がなかった。
 確かに、甲子園に出てくる自分たちと同じ野球小僧も最近は髪が長くなった。
 さすがに肩までかかる長髪はいないにしても、五厘刈の青光りした頭は見なくなった。
 やすし達の野球部はまだ「昭和」のままだった。
「坂本なぁ、お前の気持ちはようわかんねんけど、お前だけ一人、髪の毛伸ばすことを許すわけにはいかへんねや」
「キャプテン、もういいんです。
 僕、サッカー部に入ることにしたんです」
「サッカー部?
 あんなとこ入ってどうすんねん?」
「僕、実は、中学の時にちょっとだけサッカーやってたんです。
 高校に入った時も、サッカー部があったら入ろうと思ってたんですけど、なかったんで、まあ、とりあえず、野球部にでも入っとこかなと思って…」
 今思えば、確かに坂本だけは野球部で唯一“おしゃれ”の臭いがする男だった。
 グラブやスパイク、着替え用のアンダーシャツを入れる、学校名の入った野球部伝統の黒の皮のスポーツバックを坂本は持たず、一人だけ、有名スポーツメーカーのカラフルなポリエステル生地のバックを持っていた。
 また、激しい練習の後、脇の下にシャワーコロンを振っていたのは、坂本、ただ一人だけだった。
「試合は十時からやからな」
 やすしにはそう言うのが精一杯だった。
 翌日、試合開始にホームベースをはさんで相手高校と向かい合って並んだやすし達の列に13番の背番号はなかった。
 試合は、13番の背番号の代わりにセカンドベースを守った背番号4番の二年生の三つの失策で苦戦したものの、何とか10対9で勝利をものにした。
「坂本のこと知ってたんか?」
 帰りの電車の中でやすしは彩加に聞いた。
「う、うん」
「院徳治が引っこ抜いたんか?」
「そんなことしてへんよ。
 坂本君が自分から入りたいって言うてきてん」
「ほんまか?」やすしはジロリと彩加を見た。
「ほんまやって。
 院徳治君はそんなこと一つもしてへんて」
「気がついたら、各部のええ選手がみんなサッカー部に入ってたりしてな」
 彩加は何も言い返さなかった。

 その週末、月に一回の朝礼で校長が野球部の一回戦勝利を全校生徒の前で報告した。
 学校の近くに住む、野球部OBの“とっしゃん”と呼ばれている胡麻塩頭の老人がなぜか教頭の横に立って一人手をたたいて喜んでいた。
 来週の火曜日に引き続き二回戦が行われることを告げた校長は、続いて、サッカー部が正式な部として承認されたことを告げた。
「では、記念すべきサッカー部創立の初代キャプテン、院徳治君、全校生徒のみなさんに一言」
 院徳治はえーっという顔をしたが、黄色い声援に送られ朝礼台に立った。
「みんな、ありがとう」
 校庭がどっと沸いた。
「なにが『ありがとう』やねん。
 ここは『あっりがっとさ〜ん』やろ」やすしは一人ごちた。
「一日も早く、この校庭でゴールを決めたいです。ほんとにみんな、ありがとう」
 もう一度校庭が沸いた。
「せやから何べん言うたらわかんねん。
 ここは『あっりがっとさ〜ん』やろ」
 今度ははっきりと周りの生徒に聞こえるような大きな声でやすしは言った。
 院徳治に代わって校長がもう一度朝礼台に立った。
「あともう一つ皆さんに報告があります。
 卓球部が創設以来初めて、地区予選の三回戦を突破しました」
 耳を傾ける生徒は卓球部員の他には誰もいず、朝礼は流れ解散となった。

 びっくりしたぜ、おいっ、アホなお前達っ、タバコを吸えない喫茶店がこの国IN JAPANにあったんだっ!!
 金もない夢も希望も何もないお前達がよく行く、すべてがセルフサービスの、一杯二百円のクソまずいコーヒーを飲ませる店とかじゃなくって、店に入ると初老のおばさんが水とおしぼりを持って注文を聞きに来てくれる、コーヒーもちゃんとサイフォンで挽いて出してくれるそんな店なんだ。
 テーブルの下からスポーツ新聞を取り出して、タバコを口にくわえて、さあ、火をつけようと何気なく胸ポケットを探るとライターがない。すいませーん、マッチいただけませんか?と店の奥に声をかけると「この店、禁煙なんです」・・・。
 ふざけんじゃねぇぞ、この野郎っ!!
 タバコが吸えないんなら喫茶店の看板下ろせってのっ!!
 喫茶店の『喫』は喫煙の『喫』だろっ。このクソっバカ野郎がっ!!
 そんなにタバコを吸うのが悪いことなら、この国JAPANで販売するのをやめろってんだよ。
 ちゃんと俺たちだって自分の金で買ってんだ。配給制で列作ってもらってるわけじゃないんだ。それよか、人一倍税金を払ってるっつうんだ!
 世の中っていうか、地球上が禁煙ブームだからって何のポリシーも信念ももたないアホな輩どもがみんな右へならえして禁煙禁煙ってヒステリックの何ものでもねえぞ。
 その思想というか流れは非常に危険だ、一つのファシズムだ、そのうち吸うやつと吸わないやつの殺し合いが始まるぜ。っていうか単純なんだよ、みんな。
 環境問題と言えば、世界中鬼の首を取ったかのように環境環境エコエコエコエコ、エコエコアザラクかっお前らはっ、ついでにエコエコザメラクかって、バカなお前たちって、ラジオの前の方のバカなお前たちだけど、こんなこと言ってもわかんねえだろうなぁ、まあとにかく世界中がエコエコアザラクって言って呪われていくんだ、バーカ、ざまあみろっての。
 だいだい、この空を汚したのは誰だ?
 宇宙人がやってきて二酸化炭素ばらまいてオゾン層を破壊していったのか?
 答えはNOっNOっNO〜〜〜っ、俺たち地球人だ〜〜〜っ、自業自得だ、天罰だ〜〜〜っ。 先に謝れっバ〜〜〜カ、そんなことを高い高い高〜〜い棚の上において「我が社は環境問題において他社の先陣を切って取り組んでおります」って厚顔無恥この上ないアホな企業が多すぎるっての。
 ラジオの前の前頭葉がトロトロに溶けたアホなお前たちっ!!
 世の中を信じるなよ、大人を信じるなよ、何か新しいことを始めようと思ってる時は、過去は全て全否定だっ!!全指定じゃねぇぞっ、全否定だっ!!
 一つ一つを吟味していって、本当に必要なものだけを自分の身につけろっ、わかったか〜〜で、全指定、全席禁煙、のぞみ700系〜〜っ、なんだ、あのクソ狭い喫煙室は、いっそのこと全車禁煙にしろっての、さらば新幹線、0系新幹線、0と言えば1、1と言えば2、2と言えば3〜〜ん、3と言えば長嶋、ミスタージャイアンツ、来年はプロ野球は盛り上がんのかって、そんなの知らねぇ、そんなことは星飛雄馬に聞いてくれ、星と言えば空、汚れた空、そんな空をみんなで見上げて歌おうぜっ、坂本九の上を向いて歩こう〜っ、九ちゃん最高〜っ、高橋Qちゃん、お疲れ様でした〜っ、引退会見良かったぜ〜っ、涙が零れ〜ないよ〜〜〜にっ、おやすみっ!!

 今にも雨が落ちてきそうな空模様だった。
「キャプテン、もう筋トレばっかり飽きましたよ」
 昨日の地区予選二回戦で決勝のタイムリーツーベースを放った一年生の田村が頭を掻きながら言った。
「しゃあないやんけ、今日は“花のサッカー部”の記念すべき初練習試合の日やねんから」
 厭味たらしくやすしが言葉を吐いて少しすると、その“花のサッカー部”の面々がグランドに姿を現した。
「な、な、な・・・」田村が声を震わせた。
「どないしたんや」やすしが田村の顔を見た。
「キャ、キャプテン、あ、あれ見てくださいよ、あ、あれ」
 田村が指さしたグラウンドにやすしは視線を移した。
「な、な、な・・・」やすしは声を震わせた。
 グラウンドに姿を現した“花のサッカー部”が一本の線になっていた。
 隣り合う選手が手をつないでいたのだ。
「かーーっ、気持ち悪――っ、なんやこのクサイ演出は、どうせ“イキリ”の院徳治が企んだんやろ」
 グラウンドの中央にたどりついた“花のサッカー部”の面々は、ミュージカルの終幕のように皆手をつないだまま一斉に周りに向かってお辞儀をした。
 いつの間にかグラウンドを囲む校舎の窓を占拠していた女子生徒から黄色い声援が飛んだ。
「あーーっケツかいーーっ、なんや、あのクサさは。
 せやから俺はサッカーが嫌いやねん。
 Jリーグかって、オープニングは選手が子どもと手ぇつないでグラウンドに出て来て、いかにも僕たちは人と人とのつながりを大事にしています、ってクサイ演出するし、それに俺が一番嫌いなんが、左手の薬指にわざとらしく巻いてるテープ。『他の選手にあたって怪我をしたらダメだから』って、それやったら最初から結婚指輪なんか外しとけっていうねん。いかにも、僕はずっと妻を愛しています、って、クっサーーーーーっ!!」
 試合が始まった。
 同時に雨も落ちてきた。
「キャプテン、体育館にでも行ってピンポン部と対決しましょうや」
 田村の誘いに「そうやなぁ」とやすしが立ち上がってユニフォームのお尻に付いた土を手で払おうとしたとき、突然悲鳴がグラウンドを包んだ。
 相手高校にゴールを割られたのだ。
「そんな甘いもんちゃうわ、アホが」やすしが誰に言うでもなく言った。
 雨脚がさらに強くなってきた。
 やすし達野球部が体育館に着いたとき二度目の悲鳴が上がった。
「院徳治もたいへんやなぁ。
 野球やったらコールドゲームがあるけど、サッカーにはないからなぁ。
 下手したらラグビーみたいなスコアになるかもしれんなぁ」
「せやけど、相手校はピン校ですよ」田村がやすしに言った。
 ピン校とは、正式名称を桃塚高校と言い、公立高校でありながら全国有数の進学校だった。
「去年の地区予選でベスト4に残った神吉学園に20対0で負けたんですよ。
 そんなとこにこの有様ですよ」
「ピン校もその時の悔しさを今日ぶつけてきてんちゃうんか。
 せやけど、不幸中の幸いやないけど練習試合で良かったやん。
 公式の試合やったら記録言うか歴史に残ってしまうとこやってんで」
 体育館に入ると♪ピンポン♪の輪唱の中、卓球部の生徒達が鋭くラケットを振りぬいていた。
 そんな中をやすしたちは“野球部様のお通りだい”と言わんばかりにずんずんと押し入っていったが、いつもなら「はい、どうぞ」とすぐに体育館から撤収していった卓球部だったが、今日は♪ピンポン♪の輪唱を止めなかった。
「おい、ピー」やすしは、鬼の形相で球を打つ高野を呼んだ。
 高野はやすしの声をかき消すように、強烈なスマッシュを相手コートに叩きつけた。
「なにマジになってんねん」
 やすしの声に初めて高野は反応した。
「今週の土曜日試合やねん」額から落ちる大粒の汗をぬぐいながら愛想なく答えた。
「たまたま、まぐれで勝っただけやんけ。
 どうせ次で負けんねんから、そんな真剣になるなって。
 それよか、ちょっと雨降ってきたからピンポンやらせてくれよ」
 やすしが卓球台の上に置いてあった白い球を取ろうと手を伸ばしたとき「試合や言うてるやろ」と高野はやすしの目の前でサッと白い球を取り上げた。
「なんやと、ピンポン部がエラそうに言うなッ」
「野球部だけがクラブやないんやぞ。
 剣道部にでもお願いしてチャンバラごっこでもしてこいや」
 球が遠くまで飛んでいかないように張ってある網目のネットの向こうで声を合わせながら竹刀で空を切っている剣道部の方を高野が指さした。
 ゴツンっ!!
 高野は2メートルほど吹っ飛んだ。
 暫くして立ちあがると、ツーーっと一本の血の筋が鼻の穴から流れ出し、やがて唇と顎を伝って、手に持っていた白い球の上に降り注いだ。
 卓球部の連中が飛んできた。
 田村がやすしと高野の間に割って入った。
 しかし、高野は冷静だった。
 ただ一言「練習するやんから邪魔せんといてくれ」とだけ言って、部員から受け取ったティッシュで顔と白い球に付いた血を拭いた。
 やすしは、時代劇風に言うと「てめぇら、おぼえてろよっ」と言わんばかりに、田村を連れてその場を去った。
 雨脚はさらに激しさを増していた。
 グラウンドを駆け回る両チームの生徒達は全員濡れネズミになっていた。
 その濡れネズミノの一匹に坂本が含まれていた。
「あいつ、丸坊主になんのがイヤや言うて野球部辞めたのに、また、丸坊主にしてるやんけ」
「キャプテン」田村。「確かに丸坊主なんですけど」鼻くそをほじくる。「ただの丸坊主やないんです」
「えっ? どういう意味やねん」やすしも右の鼻の穴から左の鼻の穴へ人差し指を入れ替えながら田村に聞いた。
「丸坊主ってバリカンで刈りますやん。
 せやけど、あいつの丸坊主は全部ハサミで刈るんですわ。一回八千円ですって」
「八千円っ!!」やすしは素っ頓狂な声を上げた。
「ただの丸坊主にしか見えへんねんけどなぁ」
「そこがあいつのこだわりなんですよ。
 なんやかんや言うて、あいつオシャレでしたからね。
 練習が終わって脇の下にコロン振って、テレビのコマーシャルみたいに匂い嗅いでたのアイツだけでしたからね」
「俺はそういうスカしたんは嫌いや。
 野球が好きやったら野球だけやってたらええやんけ」
「キャプテン、もう野球バカは時代遅れですよ」言った瞬間、田村はしまったと思ったが時すでに遅く、やすしの平手が頭を張った。
「野球バカで悪かったなぁ」
「い、いや、そういう意味で言うたん違うんですわ。
 野球するときはもちろん一生懸命野球やって、野球から離れた時は、自分が興味ある、例えばオシャレするいうのも“あり”やと思うんです」
「お前もサッカー部入りたいんか?
 イヤやったらいつ辞めてもええんやぞ」 
 言いながらやすしがもう一発田村の頭を張った時、黄色い悲鳴がグラウンドを包んだ。
 院徳治が倒されたのだ。
 レフリーとチームメイトが駆け寄る。
「ワザとこけたんちゃうんか。だいたい、あいつら、いかにもっていうワザとらしいこけ方しよるからなぁ。そういうとこもサッカーの嫌いなとこやねん、何かずるいっていうかこすいっていうか」
 院徳治が立ち上がった。
 大丈夫だ、周りのチームメイトを手で制する。
 レフリーが笛を吹く。
 院徳治がボールを蹴った。
 雨に濡れたゴールネットが揺れ、水しぶきが飛び散った。
 グラウンドが、ほとんど狂気の声に包まれる。
 院徳治は右手の人差し指を天に突き上げ“俺が一番だっ”とアピールする。
「おい、日本の国旗渡したれよ。
 オリンピックで優勝した陸上選手みたいにグラウンド周り始めよるぞ」
 やすしのその声が本当に届いたのか、院徳治は校舎の窓を埋め尽くす女子生徒に向かって投げキッスをしながらグラウンドを周り始めた。
「あいつ、ほんまにやっとるやんけ」やすしは呆れて声を上げた。
 グラウンドの異常な盛り上がりに気づいたのか、体育館からは高野や剣道部の連中までがぞろぞろと溢れ出てきて、職員室からも何人かの教師が一体何事だとつっかけを履いたままグラウンドに出てきた。
「田村っ、今日はもう練習やめや。マクド行って思いっきり食うぞっ」
 そう言ったやすしが何気なく視線を移すと、彩加がいた。
 傘もささずズブ濡れになりながら手を叩いて喜んでいる。
 やすしには見えた。
 雨で霞むその先の彩加の頬を濡らしているのは雨だけではないということが。


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