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作品名:神世の終章 作者:鬼舘 青

第13回   5層の扉 〜クラッキング〜
■5層の扉−クラッキング−
 
 僕は憧れのラボ・コアの入局審査機の前に立つ。
「シン・ヤマシタです、解錠手続きのご指導願います」
 技術者なら、一度は覗き見たい近未来技術研究所である。
 
 僕がこのラッキーチャンスを手に入れた経緯は、昨日、中枢司令
室の端末からスティーブのIDを使い、ヒューマン・ラボへの不正
アクセスに失敗した事に起因する。
 トラップに掛った中枢の端末機はすぐに長官へ通報した。
「本来なら、スパイ容疑で軍刑務所行きだ!」
 と、こっぴどく怒鳴られたが、彼は小声で、
「端末から外部データベースへアクセスできるのは、准将だけだ。
だが、ラボ・コアの端末からなら、お前程度のハッキングでも可能
だろう」
 と言う、僕は耳を疑った。
「准将は不在だ。つまり、我々は独自に情報を入手しなくてはなら
ない。ラボ入審の手配をしておく」
 と肩を叩かれ、ここにいるわけである。
 長官許可があるとは言え、不正アクセスによる個人情報の閲覧は
はっきり言って犯罪だ、慎重にアクセスプランを作成した。

「ようこそ、シン・ヤマシタ、そこの右のスリットに、ID突っ込
んでくれる?」
 聞き覚えのある男の声、だが思い当たる名が出てこない。
「じゃ、その下にスティのも挿してね」
 記憶を探れど、ラボにスティーブ以外、知人などいないのだ。
「んじゃ、形状認識するから、そこのカメラに向いて舌を出してく
れる?」
「なんですって?舌形状認識ですか?」
 そんなモノ聞いた事も無い。それでも入るためにはせざるを得な
かった。なにやら屈辱を感じながらも、舌を出す。
「この入局審査…ふざけてる、文句を言ってやる」
 部外者に対する嫌がらせか…だがドアは友交的に僕を受け入れた。
 内部は何もない吹き抜けのガランドウで、ガラス素材な乳白色の
フロアが視界を占めている、目の前で一人の男が笑っていた。
「そう怒るな、ここの儀式らしい」
 強靭そうな骨格の男は、両腕を開いて近寄る。
「久しぶりだな、シン」
「サミド…キャプテンッ!」
 彼は事故の後遺症のため特別な施設へ送られたと聞いていた。
 涙が出る。
「人が悪いなぁ、こんなに近くにいたなんて、連絡ぐらいくれたっ
ていいのに」
「悪かったな。丸秘局員の仲間入りで外部との連絡には制約がある
んだ」
 彼の胸にはIIACの刺繍が入っていた。
「ど、どんなコネを使ったんですか?IIACに勤務するなんて、
僕なんか夢のまた夢なのに」
「コネなんてないよ、准将の試験にパスしたのさ」
 エレベーターの中、僕は彼に喰いつくように質問を浴びせたが
曖昧な返事しか得られなかった。

 僕は端末の前に座り、報道機関でもアポのとれない面々に囲まれ
ている事に感激した。
 亜空間移動理論実証の第一人者である、ミカコ博士。その横に、
入院療養中のはずのシンデレラ宇宙飛行士、サンドラ・ルアナ。
そして、流星事故サテライトの艦長アルディ・サミドだ。
 
 さっそく作業に入る僕は、一枚の記憶メディアをカードケースか
ら取り出した。
「機械言語ベースのパスワードクラックソフトを使います」
 キャプテンが、顔を近づける。
「どこから、そんなヤバイもの手に入れて来たんだい?」
「自作です」
 ニコリと笑う。
「技術屋時代、日本製機体安定システムの競合原因を調べるために
非合法に作成した物です、情報収集もできるよう改造しました」
 お陰で僕は一睡もしていないのだが、この日のための興奮に眠気
など感じなかった。
 画面文字は可視不能な速さでパスワードを解析してく。
 他の6台の端末にも同じ仕事をさせているため、研究所の作業は
一時中断している。
「最悪、半日はかかりそうだなこれは…」
 その僕の言葉に、コーヒーブレイクとなった。
 
 4階であるこの窓際から景色を眺める。
 この建物は、ミラーガラスに覆われた筒型の鏡の塔で、米国との
国境など設備は存在せず、ISDAと空軍に守られるように位置し
ている。
 コーヒーを運ばれたテーブルの横には、小部屋ほどの広さがある
透明なプラスチックボード製のゲージの中に、2歳頃の男の子がス
ヤスヤと眠っていた。

「僕が、ここに勤務できる方法を教えてください」
 僕は藪から棒に切り出す。航空機技術者になったのも、このラボ
を目指した産物だ。
 だが、空気は重くなり、皆が目を合わせあった。
「それすらも、機密事項なんですね」
 僕も基地の規定に服す事を義務づけられた者、落胆するもそれ以
上、聞くことは出来なかった。
 
「キン!」
 端末のアラートが立ちあがる音。不正アクセスを見破られたのか?
 端末のディスプレイに駆け寄った。
「あ…アクセスに成功しました」
 ここからのアクセスは思った以上にガードが緩い、ソフトの設定
で、ニコロフのデータファイルを探し当てていた。
「古いエディタで作成されてますが、何とか読めます」
 大した文章量ではないようだ。
 ニコロフ・スターキン
 入所:5歳/グレード3
 これ以降は3年に1回グレードが上がっている。
 そして13歳から14歳の間にグレード5は8まで飛ぶ。
「なんのグレードだ?」
 スクロールすると、底にグレードの一覧がある。
 特定ネピルム種、次元可視及び接触度
 G1/1−2層可視可能。
「何だこれ、意味がわからない」
 G2/3−5層可視可能。
 G3/越層可視能力有り。
 G4/1−2層、体の一部を接触可能。
  ・
  ・
  ・
G8/G3及び物理能力G2を有する。
 ニコロフのグレードだ。
「次元層可視とは、現空間と異空間の間に存在する時間軸のずれた
5層の壁を可視する能力である…って」
 驚愕した。
「サンドラ!コウイチがっ!」
 後ろにいた、サミドキャプテンが大声を出し、博士が走り出す。
 だが、僕はデータに夢中で目が離せない。
「ニコロフに辞令が出ている、14歳の少年に?」
 辞令一覧を参照した。最も新しい辞令が開かれる、そこには…
「アルディ・サミド。グレード2、IIACラボ・コアへ移動、
命令発動はサミエル・ジュダス…」
「キャプテン!グレード2って…」
 振り返ると、3人はベビーサークルの中に入っていた。
「光一!戻りなさい」
 サークルの中に男の子はいない、だが皆中央に呼び掛ける。
「コウイチ〜、こっちにおいで〜」
「まだ2歳だというのに、3層目に体ごと入ってしまうなんて、
私どうしたら…」
 ミカコ博士が顔を覆った。
 突然、サンドラの右半身が揺らぎ溶けるように消える。
「私が行きます」
「待つんだ!君にはまだ無理だ」
 キャプテンが彼女の腕を掴んだ。
「記憶は無くても、私は一度5層の壁を越えているんです!」
 ミカコ博士が力なく顔を上げる。
「あなたは、亜空間装置によって広げたトンネルを通ったのよ、自
分の能力で壁を越えたわけじゃないの」
「大丈夫」
 彼女は、そう言うと全身は空気に溶けた。
 僕は腰が抜けそうだった、ただ彼らが全く日常会話的に話してい
る事が僕の意識を保っていた。
「ばっかやろうっ!」
 すごい勢いで飛び込んで来た男が、僕にタックルを喰らわすと、
ヒラリとゲージを飛び越えて中央の宙に手を突っ込んだ。
「パー、パパー」
 空気の中から男の子を猫の子の様につまみ出し、
「痛ってぇ」
 と、手を振って飛び上がる。
 スティだった。彼までもそんな能力が?
「サンドラを探してくれ、消えてしまった!」
 うろたえてキャプテンが叫ぶ、だがスティは落ち着いていた。
「意識を失っている…床下だ。通常の可視能力が邪魔をして見え
ないだろう?」
 そう得意気に言いながらも、顔は痛みに堪えて歪む。
「ああ、助けられるのは、お前だけだ」
「わかってるさ」
 
 僕はヨロヨロと机を支えに起き上った。
 何故、キャプテンがIIACに勤務できたのか、亜空間移動装置
が普通の人間に取り扱えない代物だと言う事実や、ニコロフはネピ
ルム能力を突然喪失し、同時にサヴァンの症状も改善してロシアに
帰国した事、そして准将はその頃すでに軍人であったなど、クラッ
キングソフトは次々とデータを集め展開する、それらは瞬きを忘れ
た僕の眼から脳に流れ込んだ。

 スティは痛みに耐えているようで、流れる汗を掻く。獣の雄叫び
に似た大声を上げると、サンドラを床から生まれ出るように引きず
り出した。
「もう、だめだ…」
 僕の腰は、直立に耐えきれず床に崩れる、
「searching ...」
 ソフトは、BACKUPの在り処をサーチしていた…。




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