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作品名:ネクロマンサー 作者:飛野一斗

第3回   3日目夜〜4日目
 ここはどこなのか。
 暗闇の中を荒い息づかいをした何かが徘徊している。
 そいつは手当たり次第に辺りの物をつかみ、投げつけ、引き裂いている。
 粉々に割れた洗面台の鏡、散乱した衣服、化粧道具……ワタシはおののき、警察に電話をしようとする、が、なぜかつながらない。
 獣のようなそれは何かをわめきちらしながら、荒れ狂っている。泣いている。
 それはなんなのか……ワタシは目にすることが出来ない。恐怖はどこへやら、不快感が胸一杯に満ちてくる。上下左右に揺れ動き定まらない視界、激しい動悸……
(これは、いつもの夢)
 気づいた時、ワタシは暗闇の中で、上体を跳ね上げ、天上を仰いでいる。
「そうだ、この夢……」
 ワタシは荒い息づかいでうめきながら、急速に遠ざかっていく記憶を引き戻すことに努めた。
 そうだ、たぶんワタシがいつも見ている夢。今回ばかりは、忘れない。
 4日目の朝を迎えようとしていることが、意識に何らかの影響を与えたのか。ワタシはやはり何者かにおびやかされているのか。
 目覚まし時計を手にとって確認すると、蛍光の短針は2を指していた。
 確かに4日目。だが日が昇るまでまだ時間がある。例の請求書が届くのも。
部屋の電気を点ける。
 眠る前と何ら変わらない整頓された部屋だ。越してきたばかりで殺風景の観はあるが。
 疲れきった頬に手をやる。
 ひどくザラついた感触。だけではない、乱れた髪の毛。
 ふと思い立って、ベッドから降りた時、その行為に違和感があった。
 何かひどく新鮮な行為に思えた。重心に深く沈みこんだ腰を上げる、右足を出し、左足を出し、交互に動かし歩を進める。まるで初めて習ったダンスの振りつけを実践するようなぎこちなさを感じた。
 その時、ワタシは初めて自分の腕を飾るフリルやレースに気がついた。いや、腕ばかりではない、蝶のようにふくらんだ胸元から異様に細く絞られたウエストのタック、そして足下まで達したフレアスカート、全てが華やかな装飾で自分を包み込んでいた。
 なんといったらいいのか……メイド服のような、中世の仮装パーティでまとうドレスのような、大げさすぎる黒いいでたち……
(ゴスロリ……)
 たぶん、そういったジャンルのファッションだろう。が、なにゆえ、ワタシはこんな服をまとって眠っていたのか。
 ベッドの脇にはスウェットの上下がくるまっていた。拾い上げると、内側にまだ温もりがある。
 そうだ、ワタシは確かにこれを着てベッドに入ったはずだ。というより、ここ一週間、家にいる時はずっとこれを着っぱなしだった。
 襟首の後ろのタグを見て、いま、初めて気づいたことがある。
 スウェットのサイズがL≠ナあったことだ。明らかに男性用である。ワタシは自分の体にはずいぶん大きすぎる服を着ていたらしい。
 ワタシはあれこれ考えて、自分を納得させる理由を探した。
 そういえば、引っ越した際、なんの手違いか自分の服がまったくといっていいほど見当たらなかった。だから、このスウェットはカレシのものだろう、新しい服もずいぶん買ったような気がする……
(気がする……?)
 どうしてなんだろう、不確かな記憶だった。自分がどこかのブティックなりデパートなり専門店なりで、服を買ったという記憶はあった。店員の顔も憶えているし、そこでかわした言葉なども憶えている。ただ、全ての場面がドラマの予告編みたいに断片的で、前後のつながりを欠いていた。じっさい自分がその場に臨んでいたという実感がまったくないのだ。買い物をする自分の姿ばかりが、様々なアングルで脳裏に浮かんでくる。
(でも、いくらなんでも……)
 こんな服を買った場面だけは見つからない。だいたい、なんだ、ゴスロリって。ワタシにそんな趣味はない。そんな言葉を使っている自分にも違和感を覚える。いったい、どこで聞きかじった言葉だろう。
 とりあえず今、自分がどういう格好をしているのか確認したかったが、周りに鏡はまったく見当たらなかった。
 ワタシはバスルームに通じるドアノブに手をかけ、
(あれッ?)
 ふと、わきあがった疑問に我ながら驚愕した。

 ……新しく越してきたマンションのバスルームって……どんな感じだっけ?

(うそ……バスルームなんて、バスルームなんて、どこにあったの?)
 ワタシは目の前に広がった光景に、意識が遠のくのをおぼえた。
 ワタシの越してきた新しいマンションは、たしか1DKで浴室と洗面所とトイレは一緒になっているらしい。
 それはいい。
 で、ワタシはここに越してきてからおよそ一週間、一度も風呂に入らなかったどころか、用すら足さなかったというのか。
 なぜ気づかなかったのか。
 荒れ果てた、バスルーム。
 粉々に割られた洗面台の鏡、水が張ったバスタブにまで散乱した衣服、散らかった化粧道具。壁のいたるところ便座の蓋にまで、口紅の赤いラインが判別不可能の文字をのたくっている。
 ワタシはよろめきながらリビングに戻ると、受話器を取った。
 やはりワタシは何者かに命を狙われている。なにか得体の知れない者が、この部屋に侵入している。
 おそらく眠っている間だろう。
「も、もしもし警察ですか! ワタシ」
 受話器の反応はない。
 呼び出し音すら鳴らない。
 最悪の事態が頭をよぎる前に、ワタシは新たな番号を呼び出した。
(お願い、出て)
 もうアナタしか頼るヒトはいない……いや、もとよりアナタしかいないのではなかったか。
 永遠とも思えるコールが続いた後、
「ふァい、もしもしィ」
「も、もしもしィ!?」
「も、もしもしィ? な、なんだよォ、うッせーなぁ、いま何時だと思ってんだァ」
 気の抜けた無愛想な対応も、いまは日常を約束してくれる証のようで、心強かった。
 ワタシは一連の異変を早口にまくしたてた。
「ねェ、だからお願い、あなたから警察に連絡してよ、いますぐここに来てよ」
「お、おいおい落ち着け、落ち着けって」
 カレシは一笑すると、冷静な口調で続けた。
「で、誰かが侵入した形跡はあるのか? 玄関の鍵は? 窓は? そこは7階だよな? だいたい、いくらオマエが鈍くても、それだけ荒らしまわられて気づかないってことはありえないだろ」
「で、でも、現に荒らされて」
「自分でやったんじゃないって断言できるか? たとえば酔っ払って帰ってきて……」
 そんなことを言われたら、身も蓋もない。確かにワタシが眠っているほんのわずかな間に何者かが侵入し、ワタシの服を脱がしヘンテコなドレスに着替えさせ、バスルームを荒らしまわったあげく、ただ帰っていったと考えるよりは、よっぽど自然な発想に違いない。
「ぇえ! そうよ! そうそう! そりゃそうかもしんない、だけどおかしいのよ、ここに越してきてから数日……」
 一度も入浴せず、トイレにも行かなかったなんて。その記憶がまったくなかったなんて。
「だいたい、ワタシ」
 ずっとずっと、何してたんだろう……毎日毎日。会社にも行かないで、部屋にこもったままベッドに転がって、買い物には行ったような気がするし、料理もしたんだろうけど、いつも独りで……
 急に涙があふれ出してきた。
「いつも独りで……そうよ、いままでだってワタシ、ずっと独りだった……」
「……わかってるよ。オマエのことは誰よりもこのオレがわかってる。でも、いまは、このオレがそばにいるじゃないか。独りじゃない」
「アナタも友達が多いほうじゃなかった」
「似たもの同士だよ」
 おんなじイヤガラセの手紙も来てるしな? カレシの軽口に、ワタシはふきだした。
「よし! わかったよ、いまからそっちへ行く、仕事のことなんかかまうもんか」
「うん」
「ついでに手紙をばらまいているガキ共もとっ捕まえてやるよ、それですべて解決だ」
「そう、そうだね」
 ワタシは幸せな気持ちで受話器を置いた。
 しみじみと思う。
 なんていいヒトなんだろう。ワタシにとっては最良のパートナーだ。
 ぶっきらぼうなところもあるけれど、いいところもいっぱいある。言葉ではうまく表現できなくても、ワタシはカレのいいところをつぶさに見て記憶に焼きつけてきた。
 カレもきっとワタシに対してそうだ。確信を持って言える。
 カレと出会い、付き合い始めて、どれだけになるのだろう? 
 まるで、幼い頃の昼下がりに見た光景のように、夢かうつつかはっきりしない。
(ささいなことだわ)
 いま、というこの幸せの感触、身体を刺し貫くこの感覚に比べたら。


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