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作品名:ネクロマンサー 作者:飛野一斗

第2回   3日目
 その翌朝、また同じ請求書が郵便受けに入っていた。
(……3日連続)
 今日で3日目……金を振り込まなければ死ぬと予告された4日目の明日も届くのだろうか? そうだとしたら、どのような文面で……
(バカバカしい)
 この問題は昨日でカタがついたはずだ……なのに、この不安はなんなのだろう。
 請求書は階下の集合ポストではなく、ドアポストに直接、投函されていた。自分が目覚めた時にはすでに届いていた。そして定時に聞こえる郵便配達のバイクの音は必ず午後……つまりこれは郵便ではなく、個人が投函していると考えて間違いない。
(同じマンションの住人の子供が入れて回ってるんだ)
 そうに決まっている。宛名に書かれた住所氏名は、マンションの掲示板から仕入れてきたか、管理人から話を聞いたか……カレシの住むマンションもこの界隈だ。そこにも子供がいて……きっと彼らは悪い友達なんだろう。その、おそらく中高生らは、パソコンでこの請求書を作成し、早朝、暗いうちから配達して回っている。目的などどうでもいい。欲求不満のコドモが考えることなんかオトナには想像もつかない。
(死ぬわけない)
 ワタシは、肉体的にはいたって健康そのものだし、最近は外出もせず、部屋にこもりきりだ。事故に遭ったり変な事件に巻き込まれたりすることもないだろう。
(だけど……)
 ワタシはズキズキと痛むこめかみに手を添えた。
 近頃、会社の人間関係でいろいろあってまいっている。
 まいってるそうだ、社内カウンセラーが言うには。もともと気にしやすいタチで、神経症のきらいもある。
 人によっては、つまらない事と笑うかもしれない。
 隣のデスクの同僚からしつこく言い寄られて仕事に身が入らない。自分が入社した際、真っ先に仕事を教わった先輩でもあるから、邪険に扱うこともできずほとほと困っている。
 聞けば、一目惚れで、ずっと想いを寄せていたとか。
 だから、鬱病の診断書をもらって、しばらく休暇をとることにし、思いきって住む場所を変え、携帯電話も一時、解約した。ストーカー≠ニはちょっと言い過ぎかもしれないが、彼は以前の住所を知っていたし、理由もなく何度か訪ねてきたこともある。
 ただこの怪しげな請求書と彼とを結びつけて考える気にはなれなかった。カレシのもとにも届いているから、横恋慕が高じた嫌がらせと考えることもじゅうぶん可能だった。が、彼はそういった類の陰湿な人間ではなかった。付き合っている男性がいることもじゅうぶん承知の上で言い寄っているのだと、開き直られたこともある。自分の気持ちにとことん一途で、自分が傷つくことさえ愛の証明であると考えているようなヒトであり、どんな手段を使っても、がむしゃらに好きな女を奪ってしまおうとまでは考えていない、子供のような男であった。
(悪いヒトではないんだけど……ちょっと考えられないなァ)
 いまのカレシほど、自分に合うヒトはいないだろう。これから先も、ずっとずっと……
 ワタシはベットにもぐりこんだ。
 鬱だ鬱だ、と言ったって、ひとしきり眠ればリセットされる。
 そしてまた同じことの繰り返し。
 きっとほんの数分間、得体の知れない悪夢を見ている。目覚めてしまえば、記憶に残らない、絵柄の狂ったパズル。
(もう、思い出さないほうがいいのかも……)
 全てはささいなことではないのか。ワタシがいま、ここにこうして生きているという感触以外。
(死ぬわけない)
 ワタシは、明日もここにこうしている……はずだ。


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