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作品名:クラッシャー 作者:飛野一斗

最終回   1
 顔を上げたすぐ先には、人影が立っていた。
 夕焼けのオレンジ色にまぎれてよく見えない。後ろにも何人かいるみたいで、黒い影がダンゴのようになっている。
 ボクは目の前の人影をよけた。するとランドセルをつかまれて、
「へい、ボーイ! どうしたんだよう、溜め息なんかついちゃって」
 ボクは震えあがった。
(たぶん、ロックとかヘビメタとかやってる人だ)
 男の人も、ボクのまわりを取り囲んでいる仲間の3人も、すごい格好をしていた。
 それぞれ黒、赤、紫、緑のツヤツヤ光る、皮のようなビニールのような、ピチピチとしたコスチュームをまとっている。よくテレビに出てくるような音楽グループの人が着ているものより、もっと派手だ。足首までくるマントとか肩から突き出たトゲとか風車がついた大きなベルトとか、なにがカッコいいのかわからないモノもたくさんついている。もしかしたらコスプレ……とかいうヤツかもしれない。
 ボクに声をかけた、リーダーらしき男の人はものすごく背が高かった。そのうえ金髪をツンツンにたたせている。
 女の人もいる。やはり金髪で背が高い。美人だと思うが、化粧がすごく濃い。
 あとの2人は風船のように太った赤い髪の男の人と、昔の恐い映画に出てくる『せむし男』みたいに腰が曲がった銀髪のとても小さな男の人だった。
 若い金髪の2人と違って、太ったのと小さいのは年齢がよくわからなかった。オジサンのようにも見えるし、ボクと同じくらいの子供のようにも見える。
 ボクはなんとか隙間を見つけて、そこから抜け出した。
 駆け出そうとすると、
「へい、ボーイ! 少しは落ち着きなって」
 体が宙に浮き上がって、また同じ場所に戻ってしまった。風船男の丸太ん棒のような腕に持ち上げられたのだ。
 女の人が言った。
「ボゥイ。いいからワケを話してごらんなさいな」
「ワ、ワケって……べつに……ボクは」
「へい、ボーイ、オレたちはずっと見てたんだぜ? 校門を出てから、ずっとうつむきっぱなしだったじゃないか」
「そして、ことあるごとに溜め息を漏らしてたじゃない」
「そして、ことあるごとに涙を浮かべてたッス」
「そして、ことあるごとに鼻水を垂らしてたでヤンス」
「ヘンなこと言わないでください」
「ワケを話してみなよ。力になるぜ? なにか心配事があるんだろ?」
「べ、べつに心配っていうか……」
 あぁ、恐い人たちにからまれてしまったな……なんてツイてないんだろ。
「……ただ、明日、音楽の時間に歌のテストがあって……それがちょっとイヤかなって」
「OK。みなまで言うなよ、シャイ・シャイ・ボーイ」
「そうね。きっとこのボゥイは普段、とてもおとなしい、引っ込み思案の子供に違いないわ。友達も少なく、大好きな女の子とは目も合わせられない。そのくせ、フォークダンスで手をつなぐチャンスを今か今かと待ちかまえているのよ。先生の受けは悪くないわね、反抗したりしないから。クラスのみんなにはきっと、いい子チャンなんてあだ名を付けられて、フナやウサギの世話係といった嫌なことをぜんぶ押しつけられているに違いないわ」
「そうッスね、きっとこのボーイは普段、とてもおとなしい、引っ込み思案の子供に違いないッス。ドッジボールでは真っ先に自分からアウトになりにいくか、逆にそれを見破られ、最後まで残されて集中砲火を浴びるタイプ。放課後には、大好きな女の子の笛をペロペロ舐めているに違いないッス」
「そうでヤンスね、きっとこのボーイは普段、とてもおとなしい、引っ込み思案の子供に違いないでヤンス。挙げ句の果てには、大好きな女の子のブルマを盗み、帰りの会に『いまからみんな目を閉じて。そして盗んだ人は正直に手を上げなさい』などと女教師に言われて、バカ正直に手を上げたら、みんな薄目を開けていて、あとで思いっきり糾弾された、なんて経験があるに違いないでヤンス」
「な、なに言ってんですか!?」
「もう一人で悩むことなんてないんだぜ? ボーイ」
「か、帰ります!」
 風船男のブヨブヨした太鼓腹を押しのけようとすると、
「ボーイ! オマエの願い、叶えてやるよ」
 リーダーの男が叫んだ。
「ボーイ! みんなの前で歌を歌うのがイヤなんだろ? 聴かれたくないんだろ? だったらオレたちがそれをぶち壊してやるよ」
「ぶ、ぶち壊すって……いったい……」
「いいから任せておけよ、明日からはちゃんと上を向いて歩けるようになる」
「そう、あの真っ赤な夕日を見て」
「そうッス、あの真っ黒いカラスの羽を見て」
「そうでヤンス、あの草むらに捨てられた、白茶けた大人の雑誌を見て」
「し、下、向いてません!?」
 じゃあな! 4人は足並みを揃えて、夕日の向こうに消えていった。
(……助かった……)
 まだ胸がドキドキしている。
 きっと先生やお母さんが、気をつけなさいって注意する「変なヒト」って、ああいうのをいうんだろうな。良かったよ、あれだけのことで済んで。どこかにさらわれたり、切りつけられたりしないで。
 家に帰ってから、晩御飯を食べ、お風呂に入っている時も、ずっと落ちつかなかった。
 ベッドの中に入ると、今度は明日、歌のテストがあることが気になり始めて、お腹の辺りが重くなってきた。
 あぁ、イヤだな……ボクの歌声を聞いて、みんなどんな顔をするんだろう? とにかく変な失敗をしないように、笑われないようにしなきゃ……あの子だって聞いてるんだから。
(あぁ、もォう、イヤだなァ……なんで歌のテストなんかするんだろ)
 本当に音楽の時間なんか、なくなってしまえばいいのに……
(まてよ)
 急に不安になってきた。
 もしかして、あのヒトたちは本気で言っていたんじゃないか? あんなヒトたちだから授業中、教室に乱入してきて暴れるなんてことも考えられるぞ。そうしたら歌のテストどころじゃなくなる。ボクのために来てやった、なんてことも叫ぶんじゃないか?
 お腹の具合が悪くなってきた。
 便座に腰を下ろすと、ウンザリとした気分になった。
 なんで、ボクばっかりこういうつまらないことに悩まされなきゃならないのだろう?



 翌朝、目覚まし時計が鳴る前に、たたき起こされた。
「大変! 大変!」
 お母さんはそれしか言わない。リビングでは、家族全員がパジャマ姿のまま集まって、テレビ画面に見入っていた。
「なにかあったの?」
 誰も答えてくれない。
 テレビ画面には、早口でしゃべるリポーターの中継映像が流れている。その周りには見物にきている多くの人と、別のチャンネルのカメラマンや照明、レポーターの姿があった。
 時々、レポーターが振り返る後ろには、白っぽい門とまだ青黒い空がある。それ以外にはなにも無いように見える……変な番組だな、と思っているうちに、中継画面が上空のヘリコプターから撮っている映像に切り替わった。
 白い遺跡のようなモノが映し出されている。かなり広い所らしい、周囲にある家らしき小さな建物が、画面の端っこで切れている。
 いつの時代のどこの国のモノなのか、遺跡はめちゃくちゃに壊れ、荒れ果てていた。一部、残っている壁とか柱などから、元は頑丈そうな建物であったことが判る。
「あれッ、この遺跡って……」
 ボクは一面のガレキの中に、よく見覚えのある形を見つけた。木製のそれは、古いものではなかった。僕らがふだん腰かけているものに似ていた。
 やがてカメラはズームアップしていき、色んな物のカケラを映し始めた。机、イス、黒板から水彩画や習字の半紙など……
【……もはや、校舎の原型はほとんど留めておらず……】
 レポーターがしゃべる合間に、門の柱にあったプレートが、大きく映し出された。
 ボクはワッ、と飛び上がって、
「ウ、ウチの学校!?」
 そうだよ、とお父さんが恐い目でうなずいた。
 朝になると、いつもどおり、お父さんは会社に、お兄ちゃんとお姉ちゃんは学校に行ってしまった。
 ボクはずっとテレビを見ていた。
 学校からは「無期休校」の緊急連絡が回ってきている。
 テレビでは、どの局でも予定を変更してこのニュースを取り上げ、専門家の人などにあれこれ解説をしてもらっていた。
 犯行時間は午前2時から3時の間、爆薬によって土台から破壊されたらしい。よほどうまくやったようで、周辺の被害はほとんど無く、解説者の人は「解体のプロの仕業では」と言っていた。動機は「なんらかのアピールを目的にしたテロ」と言う人が多かったが、犠牲者がまったく出ていないので「愉快犯の線もありうる」という人もいた。
 午後になると、お母さんが「父兄の説明会があるそうだから」といって、2千円を置いて出ていった。
 ボクはなにも食べる気がしなかったので、出前をとるのはやめて、寝転がっていた。
(まさか……とは思うけど……)
 すぐ考えるのをやめた。
 そんなことがあるわけないし、あっていいはずがない。だいたい意味がわからない。
 どこかでチャイムの音が鳴った。
 ウトウトしていたボクは、何かスッキリした気分で目覚め、何も考えないままに玄関口へ出ていった。
「へい、ボーイ!」
 めまいがした。
 悪い夢であったはずの、あの漫画の中のキャラクターみたいな4人が、いま長方形のドアの小さな空間にあふれている。
 ボクはフラフラとする体を、靴箱にもたれさせた。
「な……なんで、ボクの家、知ってんの……」
 せむし男が、頭のてっぺんから突き抜けるような声で、
「昨日、あっしが跡をつけさせてもらったでヤンス」
「これからも仲良くしようぜ、ボーイ」
「ボゥイは才能を見初められたのよ、いつか第5のメンバーになれるといいわね」
「意味わかんないよ! もう帰って!」
 ボクは全身を使って、4人を外に押し出しながら、
「今日はそれどころじゃないんだから!」
 リーダーの男が、爽やかそうな笑顔を見せて、ボクの両肩を受け止めた。
 チッチッ、と人差し指を振りながら、
「へい、ボーイ。なにか大切なことを忘れてやしないかい? キミにとって、もっとも重要なこと」
「は?」
「ボゥイ、思い出して。きっと、アナタにとってかけがえのないこと、大切な喜びを」
「思い出すッス。あの感動を」
「思い出すでヤンス。あの解放感を」
 みんなが嬉しそうに声を合わせて、

 歌 は ど う な っ た の !?

 あぁ……そうだった……
 おかげで歌のテストのことを、すっかり忘れていたや……歌のテストはもうしなくていいんだ……

「……って、当たり前でしょ!? 歌のテストどころじゃないでしょ!? そんなことでボクが感謝するとでも思ってたの……!?」
 途端にガクガクと体が震え始める。
 ボクは膝を落として、冷たい地面にひれ伏した。
「感謝って……あぁ……ほんとに、そうなの? アナタたちは……ボクのために……あんなことを……」
「気にするな。オレたちはただ、ひ弱で繊細なボーイを救ってやりたいという一心で、お節介を焼いただけだから……感謝される筋合いなんかないよ」
「すると思ってんのか!?」
 あぁ……ボクはこれからどうすればいいんだろ……やっぱり警察に言わなきゃいけないんだろうか……共犯者の一人として、コイツらと一生、刑務所の中で暮らさなきゃいけないのだろうか……クラスのみんなやあの子はボクのことをどう思うんだろう、きっと憎むんだろうな……いや、それだけじゃない、お父さんやお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃん……親戚の人まで、みんなどうなってしまうんだろう……?
「ボーイはせいぜい保護観察どまりじゃないのか」
「こまかい事はいいよ! どうすんの!?」
「べつに。オレ達はこれからも自由にやるだけさ、オレたちの正義の名のもとに……な。むろんオレたちの正義にボーイを巻き込むつもりはないよ。仮に捕まってもボーイの名は出さない、ま、捕まらないけどな」
「なんだよ、あんなのどう見たって犯罪じゃないか、正義を守るのは法律や警察官のほうだろっ!? たてつけると思ってんの!?」
 リーダーの顔から急に笑みが消えた。
「……ボーイ、よく覚えておくといい。大人には二種類しかないってことを。」
「一つは歌のテストなどというくだらない画策をする大人ね」
「一つはそういう大人を憎んでやまない大人ッス」
 リーダーがせむし男を制しつつ、
「そしてオレたちは、そういう大人を憎んでいる」
 ボクは言葉につまった。
 ……オトナを憎んでるって……いいオトナの人に言われても、困るんですけど。
「ボーイ。オレたちはいつでもそばで見守っているからな」
「あのビルの陰からね」
「あの電信柱のてっぺんからッス」
「あの屋根の裏からでヤンス」
「イヤだよ!!」
「じゃあな、ボーイ。楽しかったぜ」
 4人はまた足並みをそろえて、風のように去っていった。



 けっきょく、事件は未解決のまま、仮校舎が建てられ、僕らはまた元の生活に戻っていった。
 いまのところ、中止になった歌のテストが行われる予定はない。
 歌のテストだけでなく、毎日の生活の中で、ボクのお腹を痛くする出来事はなるべく来ないようにと祈っている。
 もう二度とあんなヒトたちと関わり合いになりたくない。
 あれから、ボクはよくニュースを見るようになった。その中で、犯人が捕まらなかったり、動機や目的がはっきりしない事件が世の中にはどれだけ多いか知った。
 たまに起こる不思議な火災や爆破事件は、もしかしたらあのヒトたちの仕業かもしれない。
 リーダーの人が言っていた。

 ──オレたちは大人を憎んでいる

 大人には二種類しかなくて、一方がそういう大人だと。そうだとしたら、ああいう事件やああいう犯罪者を取り締まるのは、法律や警察の力でも無理なんじゃないか、という気がする。
(ボクはどっちになるんだろ)
 考えるたびに、そこのビルの陰から、電柱のてっぺんから、天井の向こうから、怪しい気配を感じて、冷や汗を浮かべてしまう。
(ボクもいつかあのメンバーに……)
 いやいや、と必死で頭を振る。ボクはあんなヒトたちの仲間にはならない。だからといって歌のテストをやらせるような大人にもなりたくない。
 ボクは第三の大人になってやるんだ。


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