20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:笑顔が一番! 作者:飛野一斗

最終回   1
 今日はクリスマスイブ。どこもかしこも仕事は午後5時までに終了し、1月の半ばまで続く長い休暇を迎える。むろん病院や警察など、例外はある。オレたちの仕事ハッピ−・クリーニング・サービス≠烽サのうちの一つに入れていいだろう。
「休暇中は死人が出ないことを祈りたいな」
 別れ際、先輩が地下道の昇降口を指して、必要以上にバカ笑いした。そこの屋根や外壁は、ボランティア(というか自己アピール)で若者たちがペイントした、ポップでクールなイラストによって隙間なく埋めつくされている。昇降口は同様に飾られたシャッターによって閉ざされ、その前をピンク色の制服を着た警官が、いつもより多い5、6人で固めていた。年末年始は特別警戒態勢に入るのだ。
 オレは先輩が乗った会社のワゴン(これにはアニメの絵が描かれている)を見送ると、仲間の待つ居酒屋へ向かった。
 イルミネーションによって飾り立てられた街では、そこかしこにクリスマスツリーが立ち並び、巷で大人気の少女グループによる曲がガンガン流されていた。『公共の場所、メディアにおける感傷的な曲およびメッセージソング等の放送、演奏の禁止』条例が施行されてから、もう何年経つのだろうか。
 街に繰り出しているのも、圧倒的に10代、20代のカップル、グループ、親子連れが多い。誰もが皆、はじけるような笑顔で、はしゃぎまわっている。40代、50代も見かけないことはないが、どこか肩身が狭そうだ。このようなイベントに彼らが参加すること自体、国民感情に悪影響を及ぼすという理由で白眼視されている。けっして若くない彼らには、謙虚かつ寛大な笑みをもって、若者たちの青春謳歌を見守ってやることが求められている。
 街で見かける人間で浮かない顔をしている者など皆無である。ちなみに老人は、まったく見かけない。
 ふと目をやった先では、地下道の昇降口の一つが開放され、ピンク色の警官が嬉しそうにダンボール箱を運び入れていた。年末年始を乗り切るための食糧や衣類、日用品が入っているのだろう。昇降口の先は寒々とした灰色のグラデーションを濃くするばかりで、まったく奥が窺い知れなかった。
 足を速めて、通り過ぎようとした時、
「おい!」
 いまにも泣き出しそうな大声が響き、一瞬、街全体がシンと凍りついたような印象に包まれた。
 たぶん、その現場を直視したのはオレだけだっただろう。街に溢れかえる人間は、相変わらずバカ騒ぎをしたまま、そこを避けて通っていく。何か起こっていることさえ気づいていない素振りで。
 昇降口に一人の男が姿を現していた。一見、ごく普通の格好をした中年男である。ただ衰弱しているのか、痩せ細った体を老人のように折り曲げ、フラフラとした足どりで階段をのぼっている。彼だけは笑顔でなかった。顔面のいたるところに苦渋のシワを刻み込んだ、絶望の表情である。
「服などは、もういいんだ! 食べ物や、薬の量をもっと……」
 警官たちが一斉にアニメ柄のシートを男に被せた。男は必死でもがいていたが、警官の一人が押しつけたスタンガンによって、すぐおとなしくなった。警官たちは笑いを取り戻すと、やや周囲を意識したのか、大仰なハイタッチを交わし合い、さわやかさを演出した。
 警官が携帯電話を取り出す素振りを見せたので、オレはすぐさまそちらに駆けていき、
「お仕事、ご苦労様っス!」
 と、それはそれは大変な笑顔を作って、IDカードを提示した。
「こちらこそ、ご苦労サンクス! アンド、メリークリスマス! ほうらボウズ、サンタのお巡りさんから贈り物だ! 少々デカイが、遠慮せずに受け取ってくれよ!」
「うわッ、マジでデカっ!」
 リアクションしている間に、警官たちはさっさと元の作業に戻ってしまった。オレは会社に連絡を取り、先輩が到着するまでの間、男の体を(もちろん笑顔で)アニメの袋に詰め替えた。
 そうこうしているうちに、可愛らしいイメージキャラクターがデザインに織り込まれたハッピ−・クリーニング・サービス≠フユニフォームが駆けつけてきて、
「クリスマス死んで<iイト、いいがなァ」
 来て早々のしょーもないダジャレに、オレは何度もヒザを叩きながら、
「楽勝で死んで<iイト! っすよ」
「死んで<iイト、なんだな? よっし! じゃあ、とっとと片づけようぜ!」
 当局(警察とは別の管轄)に連絡を入れた後。
 先輩がやや雰囲気の異なる笑みを浮かべて、ポツリと漏らした。
「ほんと死んで<iイト……で良かったよ」
「そうッスよねェ、仕事とはいえ、クリスマスイブに処分の下請けはキツイっすからねェ」
 先輩が笑顔のまま、手の甲をつねってきた。あまりに痛かったので、思わず表情を変えてしまった。先輩の目も笑っていなかった。警官のほうをそっと示しながら、
「……そういうこと言うな」
 オレたちは職務上愚痴≠キら言えないのだ。なにせ、地下に張り巡らされたもう一つの世界と人種≠ネど存在しないことになっているのだから。
(……もっと給料を上げてもらわないと、割に合わないな)
 アニメの袋を背負って引き返すオレたちに、可憐な女の子のサンタが「メリークリスマス!」と声をかけていった。
 同業者として扱ってくれたのだろう。


■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 246