20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:石見銀山物語T 作者:沢村俊介

第9回   十蔵は、地味な台所まかない役に

 12月10日、生野(いくの)銀山の銀掘りたちに、穴掘り作戦の命令が下った。
 翌日、さっそく、生野銀山から来た連中は、井伊直孝の陣営から、城に向かって、穴を掘り始めた。
 しかし、そこは地盤が、ずやずやと、ゆるくて、なかなか前に掘り進むことができなかった。
 12月12日、生野銀山の一行は、これ以上掘り進むことは、あきらめざるを得なかった。

 十蔵たちには、なぜ、石見(いしみ)銀山から来た自分たちに番が回ってこないのか、そこらあたりの事情というものが、まったくわからなかった。

 石見銀山の者たちは、不安を口にした。
「生野銀山の一行が、順調に掘り進めば、石見銀山の出番はなくなるのかもしれない…」
「石見銀山の一行の振る舞いの中で、徳川陣営の参謀たちに、何か、気に触ることでもあったのだろうか…」

 12月14日、作戦変更が行われた。
 生野銀山の一行が、再び掘りはじめたのだが、今度は、場所を変えたのだった。
 井伊直孝の陣の前を移動し、そこから西隣に当たる、藤堂高虎の陣営の前から掘りはじめたのだった。
 しかし、これもうまく行かなかった。

 12月15日、いよいよ、徳川の本営から、石見銀山の一行に、穴掘りの命令が下った。
 石見銀山の者たちから、一斉に、歓喜の声が上がった。まさに、満を持していたのだった。

 十蔵は、田村久左衛門の許に走り寄って行く。
「わしゃ、前じゃろうか?」
 十蔵は、華々しい仕事に就きたかった。
 槍や鉄砲の傷のひとつもつけて、大森の町に帰れば、みんなから喝采を浴びることになる。

 田村久左衛門は、穏やかな表情で言った。
「いや、おぬしは、台所まかない役じゃ」

 十蔵の眉のあたりが曇る。
「なんで、そんな地味な仕事を、わしが、せにゃいけんのんじゃ」
 十蔵は、久左衛門に、つっかかる。

「大事な仕事じゃ、まかないの仕事は」
 田村久左衛門は、十蔵の肩をゆっくりと叩き、励ましている。

 十蔵は、面白くない顔をしている。
 十蔵は思った。
(じいさまの肩には、みみずばれの刀傷があり、腹には槍で刺された傷跡があった)
 幼い頃に見たものだが、今になっても、忘れはしない。

(これでは、あの世でじい様に会っても、話の種もないことになる)
 十蔵は、不満の心を、あらわにした。
「わしには、前線の土塁積みの仕事をさせてくれ」

 田村久左衛門は、腕組みをして、考えている。

 穴掘り作業は、1日24時間、昼夜を問わず、行われる。
 銀掘りたちは、12交代で、穴掘りの仕事に従事することになる。
 食事の回数は、4時間おきで、1日あたり6回にもなるだろう。

 この食事の世話というのが、大変なのだ。
 飯を食わさなければ、穴掘りどころではないのだ。
 田村久左衛門は、十蔵なくしては、これが成し遂げられぬ、と思った。

「おまえにしか、できん」
 田村久左衛門が言った。

「いやじゃ」
 十蔵が、かぶりを振る。

 しかし、十蔵は、久左衛門の悲しそうな顔を見た。
 と、同時に、その顔と、同じような顔を、どこかで見たような気がした。

(そうだ、かつて、幼い頃、わしがわるさをするたびに、じい様が見せた顔じゃ…)
 十蔵は、心の中に、何か、暖かいものが湧いてきたような気がした。

(久左衛門を困らせたところで何になる…。この人は、いつも、わしの味方をしてくれている…)
 十蔵は、久左衛門を見て、にっこり笑った。

「お前さまの言うことなら、聞こう」
 十蔵がそう言うと、久左衛門が照れたように笑った。

(この人は、本当に、役人らしからぬ、人の好いお人じゃ…)
 十蔵は、そう思った。

 銀掘りたちは、地面の真下に深い穴を掘り下げる。
 それから、城の方角に向けて、穴を掘っていく。

 鑿(のみ)を支え、槌(つち)をふるって、石を砕いていくのだ。
 手子(てご)たちは、山箸(やまはし)で、のみを支え、銀掘りたちが、つちをふるうのを助けるが、掘り進める穴の正面が、やわらかい土の場合には、自分たちもつるはしを取って、土壁を削り取っていく。
 
 柄山負(からやまおい)たちは、掘られた土石をかますに入れて背負い、穴の外へ運び出す。
 
 そして、柄山負、手子の者は、外にも出て、ふたり一組になり、土石の入ったかますを天秤棒に通して、藤堂高虎の陣営の前に運び、防塁として、積み上げて行った。

 穴の中では、2間(約3.6M)掘り進むごとに、穴大工たちが、地盤の強弱を測りながら、要所要所に、木材を組んで、土止めをしていく。

 そして、2間おきに、陶器の皿に菜種油を入れ、油の中に燈芯の布紐を沈め、和紙で四方を囲むという、掛行灯(かけあんどん)を壁面に取り付ていく。
 
 燈芯に火をつける。
 暗かった穴が、パッと明るくなる。
 
 これで、昼夜を問わず、柄山負、手子たちが穴の中を行き来できる。
 ちなみに、この穴の大きさは、横幅が13尺(3.9M)で、高さが7尺(2.1M)であった。                      (つづく)


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4134