働いている時はともかく、寒空の下で、じっとしているのはつらい。 まだ、大坂城に向かっての、穴掘りの命令は下っていない。 石見銀山からやって来た連中は、誰もが、早く穴掘りの仕事が終わり、石見の国、大森の村に帰りたいと思っている。 うわさによれば、小競り合いも、はじまっていないという。 むろん、いつ徳川方の兵士たちが、大挙して、大坂城に攻め寄せるのか、そんなことはわかりもしない。 先が見えないのだ、石見銀山から来た者たちには…。
もうすぐ12月。外は寒い。 みんなが、暖を欲しがっていた。
十蔵は、主だった銀掘りや穴大工たちと相談し、小屋の外に、四方を莚(むしろ)で囲った炉を作らせて欲しい、と、銀山の役人たちに申し入れに行くことにした。
十蔵自身は、さほど寒さは感じていなかった。 ただ、何かをしていたいだけだった。 それに、仲間がそうしたいというなら、そうしてやりたかった。
「お願いします」 十蔵は役人に頭を下げている。 久左衛門は、横から、そっと様子をうかがっている。 なまじ口出しをするよりは、十蔵に任せておいた方が、結果的にはいい方向になるような気がしているのだ。
久左衛門が思うに、実際のところ、兵隊たちには、よろいがあるが、石見銀山の者にはそのような、上に羽織るものとてない。銀山から来た者たちは、木綿の作業衣の腹囲のところを、縄で、結んでいるだけだ。大森の村を出立する前に、大坂の、この土地の気候のことをもっと調べ、身支度をきちんとさせて来るべきだったかもしれない、と久左衛門は考えている。
「だめだ。そのようなぜいたくなこと…」 役人は、眉を吊り上げ、渋い顔をしている。 特に、この、顔のいかつい、いかにも腕力の強そうな十蔵という名の男は苦手であった。それに、何と言っても、顔がこわそうなわりには、仲間からは慕われているのだから、余計に、こちら側にとっては、始末の悪い男のように思えるのだった。
「侍衆はいい。合戦の日取りが決まらんうちは、百姓屋に行って、ぬくいもん(=暖かい食べ物)を分けてもらえるから。わしらは、まったく自由がきかん」 十蔵は、ぬけぬけと、そう言った。
実際、銀掘りの仲間うちの話では、石見銀山の役人たちが、徳川軍の陣営内にある寺に呼ばれ、屋根のあるところで、酒を振る舞われた、という。 十蔵は、その現場を見たわけではない。 が、役人なら、そんなこともありそうだと思っている。だから、ある意味、役人の前でも、気後れなど感じていない。 むしろ、そっと見ている久左衛門の目には、十蔵は、銀山奉行所の役人たちと、対等の立場に立っているように見える。
「われらは、戦に来ておるのだ。ぜいたくなことは許されん」 役人が言う。 「確かに。酒など飲んでおるヒマもない」 十蔵が顔を上げ、胸を反らして言う。 「なに!」 「いや、何も」
「……」 十蔵に、にらまれ、役人に声はない。
十蔵は、おもむろに言った。 「わしらは、神君様(徳川家康)、じきじきのお召しにより、大坂くんだりまで、やって来たんじゃ。わしらが良い仕事をすれば、石見銀山の名が高まる…」 役人たちにすれば、大坂の城から、はるかに離れた、だだっ広い、この土地において、どんな仕事ができるのか、大いに疑問を持っているのだ。
ひとりの役人が、ふと、ため息まじりに漏らした、 「しかし、山の者たちに、こんな大仕事ができるのか?」 と。
「できるわな」 十蔵が、口をとがらせている。 「わしらはの、暗い穴の中でも、銀がありそうな鉱脈のありかが、わかるんじゃ」
「それがどうした?」 役人も、十蔵に、つっかかる。
「ここは真っ平な土地で、お城に向かっての方角もよくわかる。しかも、わしらは、穴の中に入っておっても、土のどこが弱くて、どこが強いか、わかるんじゃ。掘る、そして、弱いところは、土留めの木材をしっかりと組む。強いところはそのままじゃ。ともかく、前へ前へと進む。それで、しっかりとした穴が、まっすぐに掘り進められる」
「しかし、大坂城の濠(ほり)の下なんかでも、大丈夫だろうか?」 役人は、本当に心配気である。
「なぁーに、土留めの木というものは、三角形の形で組めば、強い。結構、その形で、重いものでも、十分支えられる」 十蔵は、確信を持ったように言う。
「しかし…」 役人は、まだ、疑いが晴れないようだ。
「なに、わしらに任せておいたらいい。わしらは、大森の山で、いっぱい、色んな経験をしておる。臨機応変にやればええことで」
「そんなに簡単なものか?」 役人がしつこく聞く。 「簡単ではないかもしれんが。しかし、わしらが1日3交代で、1日に10間掘り進めば、10日では100間になる。要は、みんなが疲労を貯めんようにして、毎日毎日がんばっていけば、何とかなるものよ」 十蔵が、胸を張って言う。
銀山の役人も、十蔵の自信に満ちた顔を見ていると、何だかやれそうに思えてくる。 「しかたがないか…」
「ありがとうございます。わしらは、何と言っても、からだが一番、大事ですから。冷やしては何にもならん。わしらが元気に、がんばれば、みなさんらも、きっと、ご神君さまから、お褒めの言葉をもらえまするぞ」 そう言い放って、十蔵が笑った。
その笑顔につられて、これまでずっと渋い顔をしていた銀山の役人も、今や、苦笑いから、満面に笑みを浮かべているのだった。 (つづく)
|
|