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作品名:石見銀山物語T 作者:沢村俊介

第6回   皆が十蔵を頼りにしている
6 皆が十蔵を頼りにしている

 11月22日になった。
 徳川家康の本隊が、久佐衛門たちが野営している木津村のそばを通り過ぎた。

 石見銀山から来た者たちは、その行列を見に行く。
 が、十蔵のみは寝ころがって、行列を見に行こうとはしない。

(変わったやつだ…)
 久佐衛門は、そう思わざるを得ない。
(しかし…)
と、久佐衛門は思う。

(十蔵は、ひょっとして、権威というものを恐れていないのかもしれない…)
 実直な久佐衛門にとっては、十蔵の、そうした不遜とも思える態度に不安を覚える時がある。
(権力に逆らい、十蔵の身に、何か災いが降りかからねばよいが…)

 久佐衛門の耳に、坑夫の群れの中から、うわさ話が聞こえてくる。
 大将の徳川家康は、この木津村からあまり遠くない、茶磨山というところに本営を構えるらしい。そして、そのための縄張りがはじまったという。

 石見銀山の者たちにとっても、戦の陣張りというのは、物めずらしいにはちがいない。鉱夫たちは、茶磨山の近くまで出かけ、うわさを持ち帰っているらしい。

 本営では、家康のために特別の寝所のほか、厨房や浴室、茶室が建てられているという。
 豪勢なものよ、と、久佐衛門は内心は思っている。が、そのようなことは、恐れ多くて、言葉に出して言えるものではない。

 そして、明くる日、石見銀山の野営の場所に、藤堂高虎の陣営から、平材や丸太が運び込まれた。
 これらは、やがて坑夫たちが掘り進める、穴の崩れを防ぐ、土留めの材料となる。

 と、何やら、ひとだかり(人集り)がしている。
 久佐衛門は、その群れに、近づいていく。
 銀山の役人たちを、鉱夫たちが取り囲んでいる。

「たのみます、たのみます」
 十蔵の声らしい。
 
 人ごみを掻き分ける。
 坑夫たちの肩越しに、十蔵の姿があった。

「だめだ、だめだ」
 銀山の役人は、しきりに、頑固な顔を、横に振っている。

「こんな寒いところで寝たら、体力を消耗してしまいますがな」
 しかし、十蔵の顔には、ゆとりが見える。

「そげな、ぜいたくなことは、許されん」
「いや、これは、ぜいたくなことではない。むしろ、こういうことをした方が、ご奉公になるというもんじゃ」

「どうしてや?」
 銀山の役人が、十蔵に迫っている。

「いや、考えても見てください。体力が充実しておれば、家康さまに喜んでいただけるような、立派な穴が出来るじゃないですか…」
 十蔵は、まったく気後れすることなく、むしろ、胸を張っている。

「しかし、せっかく、お上から下されたものを、われらの寝小屋に使うなど、もし、お上に知れたら、わしらの首が跳ぶ…」
 銀山の役人の顔に、不安の陰がよぎっている。

「何の、そげなことが、あろうかいな」
 十蔵は、平気な顔をして、うそぶく。

「何で、おぬしに、そがなことがわかる?」
 銀山の役人が、気色ばむ。

「今は、戦の真っ最中じゃ。みんな、わが身のことで精一杯。平材や丸太がどこに使われたかなんぞ、いちいち、気にしておられんわ。それに、藤堂陣営の侍連中に、わからんようにすればいいことで…」

「なに???」
 銀山の役人が、身を乗り出す。
「つまり、周りは、莚かなんかで囲んで。真ん中に小屋を建てれば、外からは、わからん」
 十蔵も、身を乗り出し、囁くように答える。

「うーん……」
 銀山の役人が、身を反らし、小首を傾げる。

 十蔵は、たたみかける。
「もし、藤堂の侍連中からもんくが来たら、『山から来たもんは、常識がない者たちばかりで…』と言うたら、ええんですがな。そして、わしが出て、あやまる。侍がしたことならともかく、山の者がしたことゆえ、藤堂陣営の侍連中も、それ以上のとがめだてはできんはずじゃ」
「……」
 銀山の役人は腕組みをしている。

「それに、もうすぐ穴掘りがはじまります。そうなったら、小屋に使ったものは、取り壊され、どんどん穴の中へ運び込まにゃならん。ほんのわずかの期間、小屋に借りるだけの話ですがな」
 十蔵は、穏やかに話している。
「……」

 どうやら、銀山の役人が、あきらめたらしい…。

 ここ、大坂に近い木津村は、石見銀山のある大森の村に比べて、北風が強いわけではない。がしかし、盆地になっているせいか、夜になっての冷え込みはきつい。それに、木津村の百姓屋の者たちに聞けば、今年に限っては、いつもの冬より、雨が多いようだ…。

 銀山の役人たちが、去って行く。
 人の輪がほどけた。

 銀山の役人たちを見送っていた十蔵が振り向いて、その場にいた坑夫たちに言った。
「お預かりした平材は、ちょっとお借りして、わしらの寝小屋の材料に使わせてもらうことにしたぞ!」

「よっしゃ」
 と、坑夫の皆が、笑顔になって答えている。

 久佐衛門の目から見れば、自分山で働く者たちは、御直山の者たちに比べ、身なりはよくない。
 それはそうだろう。銀がよく採れる山が、御直山として、奉行所認定の山となるのだ。当然、御直山で働く坑夫たちの実入り(=収入)も、自分山で働く者たちよりも良い。

 このたびの大坂行きの動員でも、自分山の者たちのいでたち(=身支度)は十分ではなかった。
 しかし、自分山の連中には、気持ちのいい奴が多いように感じられる。

 彼らは、嬉々として、小屋づくりに励んでいる。
 彼らにとっては、これで、寒さが十分にしのげる。それに、こうして、体を動かしていると、寒さを忘れるし、これから始まる戦のことも忘れられるのだろう…。
 
 こうなると、100人ばかりの自分山の連中は、みんな、十蔵に言葉を掛けていく。
『十蔵、これは、どげすりゃ、ええだろうか?』
『十蔵や、こがなもんで、えかろうかのぉ?』
 みんなが、十蔵を頼りにしているようだ。

 久佐衛門には、そのことが、何やら不思議に思えてならない。
(どうしてだろう?)
 久佐衛門は、自問自答する。
 
 そして、久佐衛門はそれなりに、おのれを納得させている、
(たぶん、十蔵だけが、これからはじまる戦のことを、あまり、怖がっていないのだ。そのような落ち着き払った態度が、自分山の連中には、頼もしく写っているにちがいない…)
と。
                                  (つづく)


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