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作品名:石見銀山物語T 作者:沢村俊介

第5回   十蔵には商売上手なところもある
 

 田村久佐衛門は、十蔵のことをよく見ている。
 食糧の買い出しも、十蔵の役目らしい。
 
 十蔵は、最初、自ら買い出しに出かけた。
 しかし、その後は、若い者に、銀子を渡し、買い出しに出かけさせている。
 若い者は、それこそ見事な量だけ、米や野菜を持って帰ってくる。

(十蔵は、どうしてあんなにたくさんの銭を持っている?。それに、ここらの百姓屋が、何で気前よく、われらに米や野菜などを分けてくれるのであろうか?)
 田村久佐衛門は、十蔵に、直接、聞いてみることにした。

 十蔵は、言った。
「わしの山の親方は、気前が良くて。わし、ひとりでは、よう使い切れんほどの銭を持たせてくれた…」
「そうか…」
 田村久佐衛門は、十蔵の山の親方である、畠山光右衛門の顔を思い浮かべている。
 しょっちゅう、奉行所にやってくる。彼が言うのは、自分山で働く者たちの、処遇改善であった。光右衛門は、なかなかのやり手であると、以前から田村久佐衛門は思っていたような気がする。

 久佐衛門が今思うに、光右衛門は、今回、自分山の鉱夫たちが、御直山の者たちに引けを取らない働きをすることを、ねらっているのかもしれない。こういう時をねらって、奉行所の覚えをよくしておけば、また、何か良いことがあるかもしれない、と。

 田村久佐衛門が、そんなことを思っていると、十蔵が言った。
「さすがにここは大坂じゃ。わしらの住む大森とはちがう」

「どうしてだ?」
 久佐衛門が聞く。

「ここら辺りの百姓屋は、物の値打ちを、よぉ、知っておる」
「そうか?」
「そうじゃ」

 聞けば、百姓屋は仲買人に、畑で採れた野菜を渡し、仲買人は問屋にそれを売る。問屋は、大坂の町中の小売店に卸し、大坂の町民は小売店で銭を払って野菜を買う、という。

「わしは、大坂の町からやって来る仲買人たちの相場を調べた。それより、ちょっと高い値段でもって、若い者たちに百姓屋と交渉させた」
「うーん、そうか…」
 久佐衛門は感心している。

 久佐衛門は、役所からもらう給金で満足している。それが高いとか低いとか考えたことはない。ただ黙々として、役所の務めに精を出しているだけだ。商売というものは、自分にはよくわからない。が、十蔵という男は、そんなことにも長けているようだ…。

 日が傾いている。
 いい匂いがしてくる。
 醤油の匂い。そして味噌の匂い。

「十蔵や、この味噌汁の味をみてごせや」
 若い者たちの元気のいい声がする。
「ああ」
 十蔵も、大きな元気のいい声で答えている。

「ちと、薄いの」
「なんで?」
「これじゃ、飯が、ようけ(たくさん)食われん」
「濃いとええんか?」
「ああ、濃いと、飯がよう、食える。もうちょっと、味噌を足してごせや」

 自分山から来た若い者は、不思議と十蔵の言うことを聞く。
 若い者は、十蔵の、相撲で鍛えた腕力を知っているからだろうか?。

 それもある。
 しかし、若い者は、銀掘りであれ、柄負山であれ、手子であれ、分け隔てなく接する。それに、にぎやかな男だ。食事のとき、話もはずむし、みんな、おいしそうに食べている。

 食うことで、寒さや戦いの怖さを忘れられる。

 久佐衛門は、十蔵が、若い者たちに笑顔を振りまいているのを見ながら、改めて、十蔵のことを、たのもしく思った。                                                         (つづく)


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