田村久佐衛門は、十蔵のことをよく見ている。 食糧の買い出しも、十蔵の役目らしい。 十蔵は、最初、自ら買い出しに出かけた。 しかし、その後は、若い者に、銀子を渡し、買い出しに出かけさせている。 若い者は、それこそ見事な量だけ、米や野菜を持って帰ってくる。
(十蔵は、どうしてあんなにたくさんの銭を持っている?。それに、ここらの百姓屋が、何で気前よく、われらに米や野菜などを分けてくれるのであろうか?) 田村久佐衛門は、十蔵に、直接、聞いてみることにした。
十蔵は、言った。 「わしの山の親方は、気前が良くて。わし、ひとりでは、よう使い切れんほどの銭を持たせてくれた…」 「そうか…」 田村久佐衛門は、十蔵の山の親方である、畠山光右衛門の顔を思い浮かべている。 しょっちゅう、奉行所にやってくる。彼が言うのは、自分山で働く者たちの、処遇改善であった。光右衛門は、なかなかのやり手であると、以前から田村久佐衛門は思っていたような気がする。
久佐衛門が今思うに、光右衛門は、今回、自分山の鉱夫たちが、御直山の者たちに引けを取らない働きをすることを、ねらっているのかもしれない。こういう時をねらって、奉行所の覚えをよくしておけば、また、何か良いことがあるかもしれない、と。
田村久佐衛門が、そんなことを思っていると、十蔵が言った。 「さすがにここは大坂じゃ。わしらの住む大森とはちがう」
「どうしてだ?」 久佐衛門が聞く。
「ここら辺りの百姓屋は、物の値打ちを、よぉ、知っておる」 「そうか?」 「そうじゃ」
聞けば、百姓屋は仲買人に、畑で採れた野菜を渡し、仲買人は問屋にそれを売る。問屋は、大坂の町中の小売店に卸し、大坂の町民は小売店で銭を払って野菜を買う、という。
「わしは、大坂の町からやって来る仲買人たちの相場を調べた。それより、ちょっと高い値段でもって、若い者たちに百姓屋と交渉させた」 「うーん、そうか…」 久佐衛門は感心している。
久佐衛門は、役所からもらう給金で満足している。それが高いとか低いとか考えたことはない。ただ黙々として、役所の務めに精を出しているだけだ。商売というものは、自分にはよくわからない。が、十蔵という男は、そんなことにも長けているようだ…。
日が傾いている。 いい匂いがしてくる。 醤油の匂い。そして味噌の匂い。
「十蔵や、この味噌汁の味をみてごせや」 若い者たちの元気のいい声がする。 「ああ」 十蔵も、大きな元気のいい声で答えている。
「ちと、薄いの」 「なんで?」 「これじゃ、飯が、ようけ(たくさん)食われん」 「濃いとええんか?」 「ああ、濃いと、飯がよう、食える。もうちょっと、味噌を足してごせや」
自分山から来た若い者は、不思議と十蔵の言うことを聞く。 若い者は、十蔵の、相撲で鍛えた腕力を知っているからだろうか?。
それもある。 しかし、若い者は、銀掘りであれ、柄負山であれ、手子であれ、分け隔てなく接する。それに、にぎやかな男だ。食事のとき、話もはずむし、みんな、おいしそうに食べている。
食うことで、寒さや戦いの怖さを忘れられる。
久佐衛門は、十蔵が、若い者たちに笑顔を振りまいているのを見ながら、改めて、十蔵のことを、たのもしく思った。 (つづく)
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