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作品名:石見銀山物語T 作者:沢村俊介

第14回   キヨを吹き屋に案内する

「どこへ行くのですか?」
 キヨが聞く。
 勝手に、どんどん先を歩く十蔵の後について行くのは、少々つらいものがある。
「まずは、奉行所じゃ」
 十蔵は、後ろを振り返りもせず、言う。

 銀の吹き屋(=銀の精錬所)に出入りする場合には、銀山役所で、通行許可証をもらわなければならない。

「十蔵、いつもより早いの」
 役所の人間が、十蔵に声をかけている。
「ああ、今日は、特別、用があっての」
 十蔵は、笑いながら答えている。

「そいで、今日は、この人のもんを、頼むわ」
「ああ、ええよ」

 キヨは、おかしかった。
 キヨにとって、銀の吹き屋見物は、興味半分のところがある。でも、十蔵の頭の中では特別な用向きに変わっているらしい。それに何だか、十蔵は、キヨが思っている以上に、あけっぴろげの性格をしているらしい。

 銀山役所で通行許可証をもらい、いよいよ吹き屋に向かう。

 キヨは十蔵の後に従う。
 なんと肩幅の広い人かとキヨは思う。
 そういえば、背中の格好が、何となく、長崎商人の上谷貞信に似ている。このあいだ、十蔵が宿に泊まった時には気がつかなかったが、足のふくらはぎが太い。
(十蔵さんって、とても、働き者のように見えるわ)
と、キヨは思う。

 吹き屋(精錬所)は、柵(さく)に囲まれている。 
 入り口には、左右に一人ずつ、門番が立っている。

「よぉ、今日はふたりで入らせてもらうで」
「ごくろうさんです」
 門番が、十蔵にあいさつしている。
 キヨは、(十蔵さんは、こういう、いかめしい顔をした人たちとも、友達付き合いのできる人なのかしら)と、不思議そうな顔をしていた。

 門を入ると、右側に、吹き屋を出入りする者たちを検閲する小番所がある。
 出入りする者は、その前に立ち、通行許可証を差し出し、何の用向きで、誰を訪ねるのかを口上しなければならない。小番所の書記役は、通行許可証に書かれた名や、その者が述べた口上を出入り帳に書く。

 キヨは、緊張している。
 が、十蔵は慣れているというか、肝が据わっている。
 キヨを久利村の波多野吉左衛門の娘と言い、用向きは、型どり役の吉迫藤左に、もち米を届けに来た、と口上している。
 誰も、疑っているような気配はない。

(十蔵さんは、よほど、ここらあたりでは信用されているのかもしれない)
と、キヨは思う。
 
 狭い庭を進む。
 と、ある小屋の前に来た。
 見張りでもしているのか、小屋の前で座っている男に、十蔵が話しかける。
「藤左は、おらんかや?」
「おるよ」
「呼んでごせや。山から十蔵が来ておる、と」

 藤左は、十蔵の飲み友達だった。
 もっとも、藤左はさほど酒に強くはない。ばくち好きなところはあるが、とにかく気のいいところがあって、十蔵は藤左を気に入っているのだった。

「おお、十蔵。仕事場まで来るなんぞ、よっぽどのことじゃの」
「ああ、そうじゃ。よっぽどのことで来た。そいで、灰吹きの仕事場を見せてやってくれや。それに、型どりのところもな」
「おまえが見たいんか?」
「いいや、あの女じゃ」
 十蔵は、後ろの方を指差した。

「おまえじゃないんか。そんなら、だめだな」
「そがなことを言わず。わざわざ、あの女、ひとりで、温泉津から見に来たんじゃから」

「何で?」
「何で、と言われても…」

「十蔵、おまえ、温泉津に行って、あの女に、何か、言うたんとちがうか」
「ああ、ひょっとしたら、わしは、酔った拍子に…」

「そうか、そうか。そんなら、しかたがないな」
「すまんなぁ」

「しかし、あの女、可愛げな顔しちょるで。おまえの女か?」
「いいや、ちょっと、温泉津の稲荷町の宿で知り合っただけじゃ」

「しかし、おまえは、おなごにモテるのぉ」
「そげなもんじゃ、ないちゅうに」

 それでも、藤左は、特別に見せてやると、言ってくれた。
 十蔵は、不安そうな顔をして立っている女を、手招きした。

 十蔵は、吹き屋の中に入るのを遠慮した。
 もう何度も、中は見ているのだ。
 藤左に、キヨをあずけた。
 十蔵は、吹き屋の庭先で、立って待つことにした。

 なかなかキヨは出てこない。
 熱心に見ているのだろう。
 十蔵は、吹き屋の片隅で腰を降ろす。
 日頃の疲れが出たのだろうか、十蔵はいつの間にか、吹き屋の板壁に背中をあずけたまま、寝込んでしまっていた。
                                 (つづく)


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