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作品名:石見銀山物語T 作者:沢村俊介

第13回   キヨが十蔵を訪ねて来る

 十蔵に、いつもの山の暮らしが戻っていた。
 午九ツ(12時)、中休みになったので、十蔵は穴から出た。
 作業場の小屋に戻る。
 
 中には、握り飯とたくあんが用意されていた。
 冬場ではあったが、いやに天気がいい。
 十蔵は、仲間と、小屋の外に出た。そして、むしろを敷いて座り、握り飯を頬張った。

 若い手子(てこ)が、赤い顔をしながら、十蔵の許に走ってくる。
「十蔵、女が来ちょる(来ておるぞ)」
 若い手子が振り返り、指を差している。
 
 十蔵は顔を上げ、手子が指差している方向を見た。
 誰か、こちらにやって来るようだ。
 どうやら、女のようだ。
 女が近づいてくる。
 顔の輪郭がわかる。
 が、十蔵には、その顔に見覚えがない。
 手子の思い違いだと思い、たくあんを、むさぼる。

 と、十蔵は、化粧の匂いがして、顔を上げた。若い女が目の前に立っていた。
 色白で、口には紅をさしていた。

(誰だろう?)
 十蔵は、小首を傾げたくなったが、それは止めて、じっと女の顔を見る。

 女は恥ずかしそうにしていたが、口を開いた。
「見に来ました」

 十蔵は、しきりに思い出そうとしている。
(わしは、こんなきれいなおなごと知り合いだったかな?)

 思い出せないまま、十蔵は、女に答えていた。
「何を?」

 女ははっきりと答えた。
「溶かした銀を丸く固めるところを、見に来ました」

(おなごが、そんなことに興味を覚えるとは…)
 内心驚きながらも、十蔵は聞いてみる。
「何でや?」
 
「十蔵さんも来いと言われたし、茂三さんもいいと言われたから」

 十蔵は、目の前の女が、幼馴染の茂三を、「さん」づけで呼んだことに驚いている。
 が、茂三の名が出て、やっと思い出す。
『あっ、温泉津の稲荷町のおなごだ!』
 
 女は、おしろいを塗っている。
 前に見たときは、確か、おしろいなど、塗ってはいなかったはずだが…。

 それに、よく見ると、女は立派な杖を持っていた。
(やはり、稲荷町のおなごだ。険しい降露坂を越えて来たにちがいない)

 十蔵は、けなげな奴だと思った。何とかしてやらなくては、と思った。

「ちょっと、待っとれや。で、おまえ、飯を食わんか?」
「ありがとうございます。でも、わたし、おなかは空いていませんから」

 十蔵は、おなごが、以前、京都に居たことを思い出している。
(やはり、自分の言いたいことを、ちゃんと言っておる。大したものだ)

 十蔵は、はて、どうしたものか、と、たくわんをほおばりながら、考え込んでいる。
『来てしまったものは、しかたがあるまい。しかし、この女をひとりで吹き屋(銀の精錬所)にやっても、吹き屋の連中は困るだろう』
 十蔵は、そこまで考えて、すくっと立ち上がった。
 仲間に言う。
「わしは、ちょっと、吹き屋まで行って来る」

「誰ぞな?」
 握り飯を食っているみんなが、ニヤニヤ笑っている。
「ああ、わしの知り合いじゃ」
「知り合い?」
「ああ、そうじゃ」
 十蔵は、仲間に、そう言い置いて、すたこら、ひとりで歩き出した。

 十蔵は、後から、女が付いて来ていると思っている。前を向いて歩きながら、背後の女に言った。
「ひとりで来たのか?」

「ええ」
 女の声がした。

 十蔵は、女が、後ろをついて来たのを知って、また、言葉を後ろの方に投げかけた。
「しかし、ここまで、遠かっただろう」

「いいえ。もっと先の、三瓶山(さんべさん)の方まで行くこともあるんです」
「何でや?」

「はい、病によく効くという薬草を探しに行きます」
「ふーん、茂三は、そげなこと、よく許すな」
 十蔵は、そんなことを言いながらも、薬草に関心を持つなど、本当に変わった女だと、半ば感心しながら思っている。

 十蔵は、ふと、熱心に、草の中を捜し回っている女の姿が浮かんだ。そんなに熱心だと、日の暮れるのも忘れるのではあるまいか。
 で、念のために、と、女に聞く。
「今日は、そいで、どげする?。宿でも取っておるんか?」

「茂三さんに聞いて来ていますから」
「ああ、そうか」
 十蔵は、安心した。
 暗い降露坂を登り、そして、西田に向かって夜道を降りるのは男でも難儀だからだ。
                                (つづく)


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