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作品名:町娘と若侍の恋 作者:沢村俊介

第3回   鎮撫使から加代を助ける軍之進

 大橋茂右衛門の言葉が、軍之進の頭の中を駆け巡っていた。
『武士の時代は終わったのだ。これからは四民平等の時代にしていかねばならぬ』

 しかし、石川軍之進は頭を抱えていた。
(武士を辞めて、俺は、何をして、食っていけばいいのだろうか?)

 さっきまで、殿町の城下の宿で、若い者たちだけの寄り合い(会合)があった。
 連日、話し合いが持たれてはいるが、議論は堂々巡りであった。

 脱藩をし、藩に迷惑をかけない措置をして、鎮撫使の先発隊一行の宿泊所に、闇討ちをかけようという話が出る。しかし、上士の若侍の中には、その話に乗ってこない者たちがいるのだ。

 軍之進は、今度の寄り合いでも、黙っていた。
 家老の大橋茂右衛門に話を聞いたが、だんだん、悩みが深まっていくばかりであった。

 確かに、脱藩した有志のみで、先発隊の闇討ちをすれば、藩には迷惑がかからぬかもしれぬ。
 しかし、今度は、今、伯耆(鳥取県)の米子(よなご)の町まで来ている、本隊の鎮撫総督軍の方が、黙ってはいないであろう。

 おそらく、そうなれば、戦端の火蓋が切られることになろう。
 その時、城下を避けて、戦さができるのだろうか。
 いくさ場は安来の飯梨川沿いか。時は2月の半ば、麦の穂はつぶすことになるかもしれない。
 
 軍之進は、寄り合い(会合)が終わり、夕闇が迫りつつある、大橋川に掛かった松江大橋を渡っていた。
 松江大橋を渡り切り、南詰めまでやってきた。
 と、なにやら、騒ぎがおこっているようである。人だかりがしているのだ。
 軍之進は思わず近寄り、人を掻き分けている。
 と、目の前に、加代がいた。
 加代のそばには、老いた按摩師のような人がいた。しかし、その人が、加代の父親のような気が軍之進にはした。
 
 よく見ると、2人の兵士がいた。長い太刀を差している。
 黒ワシャの着物に、切り下げ髪をした兵士だ。鎮撫使の兵士にちがいない。
 若侍たちの寄り合いで、昨夜、城下に現われた鎮撫使先発隊の一員が、通行中の婦女に乱暴を働いていたと、聞いたばかりであった。

 軍之進は、一歩足を前に踏み出そうとしたが、思い止まっていた。

 迷っている。
 うかつにここを飛び出せぬ、と思うのだ。

 鎮撫使の一行を闇討ちするという決起の前なのだ。慎重な行動をしなくてはと、軍之進は、じっと我慢し、息を止めていた。

「鎮撫使さまのご用とは、何にござりましょうや?」
 老人が、問うている。
 軍之進は、あせりを覚えていた。
 早く助けなくてはと思いつつも、こんな騒ぎに巻き込まれてはならぬ、と心の中で葛藤しているのだ。

「わかっておるではないか、それ、その娘をこっちにあずかろうと言っておるではないか」
「どうなさるおつもりにござりましょうや」

「ふん、わかっておるではないか、おなごの役とは、ひとつしかあるまい」
「てまえの娘は、そのようなおなごではござりませぬ」
 老人の目が不自由なことを幸いに、ラシャ服の兵士が、娘の二の腕を掴もうとしている。

「何をなさいます!」
 加代の声がした。
 その時、軍之進は、思わず、足を前に進み出していた。

「ここは、松江城下にございます。乱暴なことはお止めいただきたい」
 軍之進は、おのれの自制心を働かせるよりも前に、すでに、言葉を発していた。

「なにッ!。貴様は、何者だ。わしらは、錦の御旗を背負っておるのだぞ。錦の御旗に逆らう気か!」
「いや。しかし、錦の御旗は、朝廷の証し。朝廷にお仕えなさる兵士には、それなりの正しきお振る舞いがあって然るべき、と申し上げているだけ…」
「生意気な!」

「あっ、軍之進さま…」
 軍之進の耳には、加代の声が聞こえたような…。
 しかし、目の前の兵士ふたりが、太刀を抜いたのだ。
 身が固くなる。

「後ろに下がっていてください」
 軍之進は、ちらっと横を見ながら、それとなく加代に告げている。
 
 自分は死に場所を探している、ここで命を落としたとて、どうということはない。
 軍之進は、加代たちが危なくないよう、加代たちを背後にかばうようにしながら、歩を前に進める。と、兵士たちは後ずさりをした。その腰の引け具合を見ながら、軍之進は、これなら勝てる、と思った。

 スラリと剣を抜く。意外に、心は落ち着いて、さっきまで、頭に血がのぼっていたが、今は、その血気も、おなかの下にまで、下がりつつあるのを感じた。

 峰打ちでよいと思い、刀身をさかさまにした。
 正眼に構える。相手を見据える。どうも相手は酒が入っているようだ。相手に構えもなにもない。腰も据わっていないのだ。いや、肩に力が入りすぎている。これでは、思うように刀は振れないではないか。相手は、寄せ集めの兵なのか?。

(いやいや、油断はならぬ)
 向こうが打ちかかってきたら、小手を打ち、と同時に上腕部を打って、痺れさせてやろう、と軍之進は思った。
 と、相手は、予測に反して、太刀を突いてきた。軍之進は体を開いて、相手の首筋を刀の背の部分で叩く。相手が背中を見せたところで、相手の肩口にも一撃を加えてやった。
 もう一人の兵士は、すでに逃げ腰であった。
 スーッとつま先だって、前に進み、腕を思い切り伸ばして兵士の鼻面に、剣先を突きつける。肝を据えて、軍之進は言った。
「さぁっ、もう一人を連れて、引き上げるのだ!」

 騒ぎを大きくすれば、まずい。殺傷は避けたかった。軍之進は、相手をにらみつけた。
「おおっ、おのれ、おぼえておれっ!」
 口調が激しいわりには、相手の兵士の目は泳いでいる。これなら、もう、相手は立ち向かっては来ないだろう。
 
 兵士は太刀を納めていた。
 そして、肩口を手で押さえながら、跪いている、もう一人の兵士を抱きかかえるように立たせ、肩を貸してやりながら、ともに、大橋に向かって歩いて行く。
 2人の兵士の、大橋の橋板を踏む足音がした。

 軍之進が横を見る、加代がいた。
「さぁ、加代さん、おうちまで送ります」
 軍之進は、老人の前に立つと一礼をし、くるりと背を向けると、腰を下ろした。
「さぁ、わたしの背に、お乗りください」
「いや、わしゃ、おぶさらんでも、歩いて帰れる」
「おじさん、ぐずぐずしていたら、やつら、また、仲間を連れて引き返してくるかもしれませんから」

「お父さん、今は、お言葉に甘えて」
 そばの加代が促している。
 やはり老人は、加代の父親だったらしい。
 軍之進は、老人を背中に乗せた。そして、駆けた。
 加代の家の前まで、一度、行ったことがあるのだ。
「加代さん、大丈夫ですか」
「はい」
 軍之進は、大橋川の川沿いの、和多見通りへ出る小道へ向かって走る。
 墓場の塔婆と寺の屋根が見える。三人は寺町の裏通りを駆けている。
 売布神社の前までやってきた。
「ここまで、来れば大丈夫でしょう」
 軍之進は、立ち止まり、腰を落とし、老人を背中から降ろした。
 そして、さらに南の方角に向けて歩いていく。
 
 軍之進は、加代たちを助けたものの、『これでよかったのだろうか?』と、しきりに考え事をしていた。
 いつのまにか、加代の家のそばにまで来ていた。
「加代さん、俺は、これで」
 軍之進はおじぎをした。

「どうも、ありがとう」
「いや」
「気をつけて帰ってね!」
「ああ、加代さんも。それじゃ」
 軍之進は、くるりと背を向けた。
 
 加代は、ずっと軍之進の後ろ姿を見送っていた。
 うちの中に入る。

 加代は、父親の玄丹にお茶を入れていた。
「加代、あの若侍を知っておるのか?」
「ええ、ほんの、ちょっとだけ…」
 加代の頬が赤く染まっている。
「そうか、そうなのか。すまぬなぁ。わしが眼を患い、錦織の家をつぶしたばかりに…」
「何、馬鹿なことを、言っているの、お父さん。わたし、あの人とは、そんな…」
「しかし、あの若侍、一本、筋が通っておる。なかなかしっかりした、いい若者ではないか」
「……」
 加代はうなだれている。
(軍之進さんには、武家の娘さんが似合っているのに。お父さんの馬鹿、馬鹿!)
                                  (つづく)


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