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作品名:町娘と若侍の恋 作者:沢村俊介

第23回   再び公望に抱かれてしまう加代
 
 公望は、その場を去り難く、じっと座っていた。
 しかし、公望は、女の吐息、そして、女の匂いに、また、自分を失いつつあった。

(あやまちは繰り返してはならない)
理性はそう囁くのだが、公望の欲望は、理性の働きを無視しはじめている。

(加代は、安来からここへ帰らなくてもよかったのだ。安来から松江のわが家に戻ればよかったのだ)
公望は、おのれの欲望が膨らむのを、加代のせいにしはじめた。

(一度、間違いを犯してしまったのだ、もう一度ぐらい…)
 公望は、加代がまったく自分のことを拒絶しないことをいいことに、ふたたび、両腕を加代の方に伸ばしていた。
 その手を加代の肩に置く。
 加代は、その手を払おうとはしない。
公望は、加代の顔を両の手にはさんでみた。
加代の瞳の奥は深い。
(何を考えているのだろう?)
が、公望は、おのれの欲望のままに、加代のくちびるを、吸っていた。

幸い、抵抗はなかった。
くちびるからうなじへと、公望の唇が動いていく。

加代は、涙を流している。軍之進への詫びと、自分の無力に対する悲しみであった。
(なぜ、このお城に、ふたたび戻ってしまったのだろう?)
 加代は悔いていた。
 そして、絶望したような、軍之進の、暗い目が浮かんできた。

公望の手が、胸の着物の併せの中へと、忍び込もうとしていた。
「アッ、いやっ!」
「やはり、そなたには愛しい人がいたんだ」
 ビクンと公望が半身を起こし、加代の顔を見遣る。
「……」
 加代は何も答えず、目をつむっていた。

「でも、わたしは、そなたが好きだ」
 公望は、再び、加代のくちびるを奪おうとした。

 が、加代はもがきながら、公望の体を突き放した。
「いやっ」
「どうして、そんなことを言うのだ。そなたは、安来のお寺から、もう松江の城下に戻ってもよかったのに…」
「……」
 加代は、黙っているものの、心の中では、公望のことを怒っている。

『この書き物を検使役の役人に渡したら、もう一度、帰ってきてくれるね。もう一度、このお城に帰ってきておくれ。必ずだよ』
 そう、出掛けに言ったのは、おとのさまの方じゃないの?と、加代は心の中で思っている。

「でも、加代は、わたしのところへ帰ってくれた、うれしいよ」
 耳元で、男の声がする。男は、また、しっかりと抱き締めて来た。

「あああっ、おとのさま、ゆるして!」
「いやだ、いやだ、わたしは、加代のことが好きなのだ」
「どうして?」
「わたしは弱い、でも、そなたには、わたしにはない強さがある」
「そんなこと!」
「わたしは、どんなに高い地位にあろうとも、昼間は弱いのだ。だから、せめて、今、こうしている時だけは、そなたよりは優位な立場に立っていたい」
「いやです」
「お願いだから」
「だったら、昼間、評定の席でも、強くなって。あなたは総督なのでしょ!」
「……」
 
 公望は、落ち込んでいる。
「わたしのために、昼間も強くなって…」
 公望は、加代に励まされている。
「ああ、わかった、だから、今は…」
 公望は、甘えるように、加代の胸に取りすがった。
 加代は、そんな子どものような公望を拒否できなかった。

 公望は、加代に甘えながら、徐々に、雄になっていく。

 加代は、公望に抱かれながら、だんだんに、捨て鉢な気持ちになっていた。
(もう、軍之進さまの許には戻れない…)

 加代は、痛みに耐え、悲しみに耐え、涙を流していた。
 そして、いつのまにか、時が過ぎ、加代は、ふと、我に返っていた。

 加代は目を開けた。
 と、目の前に、公望の顔があった。
 公望は、眠っていた。
 それは、とてもあどけない顔だった。
 加代は、乱暴をされたにもかかわらず、そんな公望に、思わず微笑んでいた…。
                                (つづく)


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