公望は、加代の肩に手を置いた。 そして、加代をしっかりと正面に向かせた。 「のぉ、加代、約束は守るから…」 公望は、頬が紅潮しているのがわかる。
女をと見れば、ただぼんやりと前を見つめているように思える。 「約束は守るから、われは、そなたを…」
加代は、首を左右に振りつつ、拒否をしている。
加代は胸が疼いているのがわかる。 軍之進に申し訳ないと思うのだ。
「そなたが好きだ、だから…」 総督の顔が迫る。 「総督さまとは、さっきお会いしたばかりなのに…」
「わかっておる。されど、会ったばかりとは申せ、好きなものは好きなのだ」 加代は、総督の真剣なまなざしに、息を止める。 「……」 加代は、公望に肩をしっかりと握られ、くちびるを奪いとられていた。 ふたりの間にあった脇息は、公望の手で、すでに、横の方へと、どかされていた。 公望の、加代の背中に回された手に、力が込められる。
『軍之進さま…』 加代は、くちびるを奪われながらも、心の中で、恋しい人の名を呼んでいた。
「加代、寝所に移るぞ」 加代は、公望に抱きかかえられていた。 恥ずかしくて、目を瞑った。 襖が二度開けられたような気がした。 加代は、首の下に枕をあてがわれ、布団の上に寝かされる。 からだが震えているのがわかる。
(ご家老さまのお命を救うためなら…) 加代は目をつむり、歯を食いしばった。
公望は、白けている。 女のからだが硬く、明らかに自分を拒絶しているのだ。 それで公望は加代に言った。 「そなた、こんなことは、したくないのか?」 「……」 「では、やめよう。こんなことをしなくても、われは、そなたとの約束を反古にはせぬ」 「……」 加代は、男の冷たい声音に、頭の中が白くなっている。 このままだと、ご家老の命が本当に救えるものかどうか、おぼつかない…。 加代は、身を起こそうとしている男の肩に手をやる。 「どうした?」 加代は、男の首に回した手に力を込め、男のからだを引き寄せていた。 男のくちびるが襲ってきた。 軍之進の顔が思い浮かぶ。それを追い払うように、しっかりと目を瞑った。 加代は、男に、くちびるをしっかりと押しつけられていた。 が、なぜか、加代は、男の口吸いに気味の悪さを感じ、背中に鳥肌を立てさせていた。 「そなた、はじめてなのか?」 男が、耳元で囁いている。 「……」 「そうか、そうなのか。だが、ここまで来たら、われとて引っ込みがつかぬ。これから、そなたに、きらわれるようなことをするが、許せよ」 加代は何も考えなかった。 何も考えられなかった。 ご家老さまのことも、軍之進のことも…。
事は終わったらしい。 加代は泣いていた。 公望は、髪を撫でながら、加代をいたわっていた。 「加代、すまなかった。約束は守る、だから、もう泣くな」 加代はそれでも泣き止まない。 からだが痛い。 が、しかし、この痛さが、ご家老さまの命を救ってくれそうな気がした。 (つづく)
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