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作品名:町娘と若侍の恋 作者:沢村俊介

第15回   家老の屋敷に呼ばれる軍之進
15 家老の屋敷に呼ばれる軍之進

 軍之進は、松江藩家老の屋敷に向かっていた。
 行きたくはなかった。
 しかし、夕刻前、家老屋敷から使いの者がやってきたのだ。家老が会いたいと言われている。行かなくてはならなかった。

 家老は、鎮撫使一行の要求を受け入れ、松江藩の恭順の証しとして、切腹をされることになった。
 家老の切腹が決まったことに対し、軍之進は何もできない自分が腹立たしかった。

(こんな不甲斐ないわれを見て、加代さんなら、何と言うだろうか?)
 軍之進は、あせるが何の行動も取れない。家の中でふさぎ込んでいた。

 しかも、軍之進にはそれ以上に気の重いことがあった。
 それは、仲間の恩田清介たちが、密かに計画していたことがあったからだ。

 恩田清介たちの計画とは何か。

 それは、家老が鎮撫使一行と会われるため、安来(やすぎ)に向かわれるが、その行列を若い者だけで襲い、家老の身を取り囲み、鎮撫使一行と一戦を交えるという計画に家老を引き込もうというものであった。
 むろん、家老や藩の上層部には内緒の行動である。

 そのような計画を知っている軍之進とすれば、家老の屋敷に呼ばれると、何となく、家老を騙しているようで後ろめたいのだ。家老に問いただされるようなことがあれば、ひょっとして、仲間の恩田清介たちが計画していることを、黙ってはいられなくなるかもしれない……。

(仲間を裏切ることはできない。家老には、計画のことは打ち明けられるはずもない)
と、軍之進は思う。

(俺は、ともかく死にさえすればいいのだ)
 軍之進は居直っていた。

 足を、家老屋敷に進めている。
 歩きながら、加代のことが想われた。
(加代さん、ごめんなさい。君のこと、好きだったけど、俺には何もできなかった。許してください)
 軍之進は、心の中で加代に詫びていた。

「おい、石川、ちょっと待て」
 軍之進は、後ろを振り返る。
 わずかな月のあかりで、寄り合いの仲間だとわかる。5人ばかりいる。荒木博人と長野貞吾たちだった。
 
 荒木博人が一人、前に進み出てくる。
「おお、荒木か。何の用だ!」
「石川、おぬし、どこへ行く?」
 荒木博人は、文武修道館の中でも、ずばぬけて体格のいい男だった。
「なに、夜風に当たりたくて、ただ目的もなく歩いているだけよ」
「なんだと!。嘘をつくな」
「嘘はつかぬ」
「しかし、おぬしは近頃、寄り合いの席でも、何も言わぬ。まさか、おぬし、われら同志を裏切るつもりではあるまいな」
「そのようなことはない」
「この道は、家老の大橋さまの屋敷に通じておる。まさか、おぬし、ご家老にわれらのことを内通するつもりではあるまいな」
「いや」
「この前、おぬし、和多見の町で、ご家老と酒を飲んでおったらしいではないか!」
「ああ、あれは、俺のおやじ殿の法事の一件で、お願いごとがあったまでのこと…」

 すると、荒木博人の横に、長野貞吾までもが飛び出してきた。
「おぬし、われらの企みをご家老に漏らすなど、絶対に許さぬぞ」
「俺は、仲間を裏切るようなことはせぬ」
 軍之進は、そう言って、彼らにくるりと背を向けた。
 そして、家老屋敷になど行かぬとばかりに、元来た道を帰る。
 
 大橋家老の屋敷に行くには、迂回するしかなかった。

 軍之進は、迂回した。
 時々物陰に隠れ、誰か追ってくる者がいないかを見た。物陰に隠れ、そこから歩き出るにも、時間をかけた。
 そして、家老の屋敷に入っていた。
 
 屋敷では、大橋家老が待っていた。部屋に通された。
「どうした、軍之進!」
「いえ、ちょっと、家を出るとき、兄に呼ばれて」
「まぁ、いい。ご苦労だったな。呼び立てて済まぬ」
 家老の大橋の顔が、いつになく、神妙であった。
 
 軍之進は、正座をした。そして、おのれの膝を、しっかりと手でにぎった。
(何としても、仲間を裏切ってはならぬ)
と、軍之進は考えていた。
                                  (つづく)


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