「総督さま、どうか、ご慈悲をおめぐみくださいませ」 若い女が、頭を下げている。 (この女、先ほどまで、酒に酔っていたのではないのか) 公望は、女に興味を覚えている。
と、女は腰を浮かし、立ち上がろうとしているように見えた。 公望は、立ち去って欲しくなかった。 もっと、この、若くて、意気の良さそうな女と話がしてみたくなった。 公望は、脇息からひじをはずし、身を乗り出している。 「ちょっと、待たぬか」 「……」 加代は顔を上げない。俯いたままだった。 なぜか、加代は軍之進のことを思っていた。 すると、頭の方で、若い公家の声がする。 「われは、それでも、この鎮撫使の一行を束ねてはいるのだ。しかし、われの耳に届かぬこともあるかもしれぬ。もっとも、われにできぬこともある。しかし、聞くことだけはできる。そなた、何か申したいことがあれば、申してみよ」 加代は、胸が痛む。なぜだろう、わからない。 しかし、目の前に、苦しげな軍之進の顔が浮かんでくるのだ。 加代は、少し首を振り、あえて軍之進の幻を消した。
加代は、覚悟を決め、正座をくずし、足をすこしばかり伸べながら、品をつくり、若い公家をちらりと見遣りながら、言った。 「わたしのようなものが、総督さまと、こうしていられるだけでも…」 女がしっかりと顔を挙げ、正面を見つめている。 気の強そうな女だ、と公望は思った。 年の功は、24,5歳かと思う。 「そなた、年はいくつなのだ?」 「18でございます」 「えっ!」 公望は、声を失っていた。 18にはとても見えなかった。 にじみ出るような色気といい、落ち着きといい、もっとおのれより年が上とばかり思っていたのだ。 「そなた、名は何と申すのだ」 「加代と申します」 「そうか、加代というのか」 「それでは、総督さま、わたくしは、これで」 「いや、待て」 「何か?」 「いや、われも18なのだ」 「……」 「だから、だから、同い年というよしみで、そなた、もう少しここに居て、われと話をしていかぬか?」 加代は、まじまじと総督の顔を見ている。 いい男だわ、と思う。が、軍之進も凛々しいおとこ振りだと思う。
「さぁ、加代とやら、もう少し、こちらに来ぬか」 「でも、総督さまはこわい」 さして怖そうな顔付きでもなく、加代が言う。 公望は、いらだっている。 「なぜだ?」 「なぜでも」 加代は、ふっふふふと、流し目をしながら笑った。 「でも、総督さまって、やさしいところもありそうな気がしてまいりました…」 「そうか…」 公望は、少し照れたように笑った。 照れながら、公望は、加代を手招きしている。 加代は立ち上がり、近づいてくる。 が、脇息の前で来て、くるりと回り、背を見せて、座ってしまう。
脇息を、はさんではいる。 しかし、公望は、おのれが緊張しているのがわかった。 すぐそばに加代の肩があった。そして、白いえり首を見ていると、その襟足から、にわかに、かぐわしい匂いが立ち込めて来た。 (つづく)
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