13 若い総督と魅惑的な若い女
若い総督は、目の前の相手が女ながら、居ずまいを正している。 「総督さま、官軍は、お天子(天皇)さまにお仕えなさる軍隊でございますよね」 「ああ、そうだよ」 総督の公望は、女の赤い唇を見ていた。
「では、道理のはずれたことはなさらないはずでございますね」 総督は、若い女の目を見た。 きつい。 「ああ、そのとおりだ」 公望は、女から目を逸らした。
加代は、言い終えて、やっと、まともに若い公家の顔を見た。 よくよく見ると、その若い公家は、苦虫をつぶしたような、苦い顔をして、目を宙に這わせていた。 (まぁっ、かわいらしい!) と加代は思う。 心に余裕が生まれている。
加代は、相手が組み易いと思う。 座ったまま、ちょっと足を崩し、少し、上半身をくねらてみる。 が、加代の心の中に、ふと、色気で迫るのはどうかという疑念が湧く。突然改まったように、両の手を畳につけ、背筋を伸ばし、正座をして、こうべを垂れた。 そして、加代は、伏せた顔を少しこわばらせながらも、若い公家に申し述べていた。 「こんな身分の低いおなごの言ったことなど、お忘れくださいまし。わたしは、これで…」
「いや、待て」 公望は、右手を挙げた。ちょっとあわてている。 この魅惑的な女をこのまますぐに返したくないという思いが湧いているのだ。
加代は、また、申し述べる機会が降って湧いたことを喜んでいた。
「総督さまが率いておいでの官軍ですもの、わたしなんぞが官軍のことについて批判がましいことを申し上げましては、はなはだ、おこがましいことにございます」 加代は、顔を挙げない。両の手は、きちんと畳に付いていた。 公望は、若い女の白い手を見ながら、内心、あせっている。 何とか、もう少し、この娘を、この部屋に引きとめておけないものだろうか、と。 ただ、内心では、女の度胸の良さというか、堂々とした振る舞いに、公望は驚いている。 町家の娘なのだろうか、武家の娘なのだろうか。それとも妓楼につとめるくろうとの女なのだろうか?。 いや、くろうとの女には見えない。 からだ全体の線が崩れていないように、公望には思えた。 (つづく)
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