西園寺公望は、入って来た若い女をじっと見つめていた。 器量のいい女である。 少し勝気そうな感じもするが…。 いや、色気も少しは滲み出ているようだ。 女のいちいちの仕草に、公望は目を奪われていた。
女は、遠慮しているのか、遠くに座っている。 公望は、おのれに落ち着き払うよう、言い聞かせながら言った。 「もそっと、近くにこぬか」 加代は、度胸を決めていた。 確かに、年寄りではない。相手は若い。しかし、男に変わりはないではないか。 甘えながら、取りすがりながら、ご家老さまの助命をすれば、何とかなるのではないか、と思い定めていたのだ。
「鎮撫使さまのご一行ったら、松江のお殿さまを、いじめてばっかり!」 若い女の口が動いている。 美しいが、濡れている。 が、公望が邪念を払い、よく見ると、若い女の目がうるんでいるのがわかった。 公望は、胸を突かれた。
女は言い終わると顔を伏せた。肩先がふるえている。 公望は、その肩を抱き、動揺している女の心を何とか落ち着かせてやれないものかと思う。 と、女のからだから、かぐわしい匂いが、急にこちらの方まで押し寄せて来たように思えた。
加代から、濡れたひとみで訴えられ、公望は、動揺している。 加代のけなげな心のせいなのか。それとも、加代の濡れたひとみのせいなのか。
公望は、女がこの部屋まで逃げて来た理由、鎮撫使一行の松江藩への行状の訴えのことなど、色々なことを考えている。 どうせ、川路たちのことだ、松江藩に、なんのかんのと、難癖をつけたのだろうと、公望は思う。 それに、幹部たちはまだしも、官軍とて、寄せ集めの兵士たちなのだ、統率の効かぬことがあったのかもしれない。 だが、もうこの先は見えているのだ。 新政府は、各藩の藩主たちに、版籍を奉還させるつもりなのだ。
泣きを見るのは、松江藩だけではない。 長州、薩摩以外の藩は、みな、新政府から無理難題を押し付けられることになる…。 公望は、副総督の川路たちのやり方に不満を覚え、多少、投げやりな気持ちになっていた…。 (総督という地位にあるとはいえ、われにできることには限界がある…)
「まぁ、そのように泣かずともよいではないか」 公望は、鷹揚にかまえながら、そう言い放った。
加代は、着物の袖で、涙をぬぐっている。 ぬぐいながらも、加代は、目の前の若い公家が、妙に大人びた言い方をしたので、内心は苦笑しているのだ。
加代は、公家とはいえ、若い男であったので、自分でも不思議なほど、心は落ち着いている。 その一方で、若い公家に、ご家老さまの命の嘆願をしたところで、果たして功を奏するものだろうか、という疑念も頭をよぎるのだった。
加代は、不安を打ち消すように、キッと顔を挙げた。 「総督さま、わたしの話を聞いてくださいますか?」 「ああ、いいとも」 公望は、女の激しい口調に、思わず、座り直していた。 (つづく)
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