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作品名:町娘と若侍の恋 作者:沢村俊介

第12回   公望に家老の助命をする加代
 
 西園寺公望は、入って来た若い女をじっと見つめていた。
 器量のいい女である。
 少し勝気そうな感じもするが…。
 いや、色気も少しは滲み出ているようだ。
 女のいちいちの仕草に、公望は目を奪われていた。

 女は、遠慮しているのか、遠くに座っている。
 公望は、おのれに落ち着き払うよう、言い聞かせながら言った。
「もそっと、近くにこぬか」
 
 加代は、度胸を決めていた。
 確かに、年寄りではない。相手は若い。しかし、男に変わりはないではないか。
 甘えながら、取りすがりながら、ご家老さまの助命をすれば、何とかなるのではないか、と思い定めていたのだ。

「鎮撫使さまのご一行ったら、松江のお殿さまを、いじめてばっかり!」
 若い女の口が動いている。
 美しいが、濡れている。
 が、公望が邪念を払い、よく見ると、若い女の目がうるんでいるのがわかった。
 公望は、胸を突かれた。

 女は言い終わると顔を伏せた。肩先がふるえている。
 
 公望は、その肩を抱き、動揺している女の心を何とか落ち着かせてやれないものかと思う。
 と、女のからだから、かぐわしい匂いが、急にこちらの方まで押し寄せて来たように思えた。

 加代から、濡れたひとみで訴えられ、公望は、動揺している。
 加代のけなげな心のせいなのか。それとも、加代の濡れたひとみのせいなのか。

 公望は、女がこの部屋まで逃げて来た理由、鎮撫使一行の松江藩への行状の訴えのことなど、色々なことを考えている。
 
 どうせ、川路たちのことだ、松江藩に、なんのかんのと、難癖をつけたのだろうと、公望は思う。
 それに、幹部たちはまだしも、官軍とて、寄せ集めの兵士たちなのだ、統率の効かぬことがあったのかもしれない。
 
 だが、もうこの先は見えているのだ。
 新政府は、各藩の藩主たちに、版籍を奉還させるつもりなのだ。

 泣きを見るのは、松江藩だけではない。
 長州、薩摩以外の藩は、みな、新政府から無理難題を押し付けられることになる…。
 
 公望は、副総督の川路たちのやり方に不満を覚え、多少、投げやりな気持ちになっていた…。
(総督という地位にあるとはいえ、われにできることには限界がある…)

「まぁ、そのように泣かずともよいではないか」
 公望は、鷹揚にかまえながら、そう言い放った。

 加代は、着物の袖で、涙をぬぐっている。
 ぬぐいながらも、加代は、目の前の若い公家が、妙に大人びた言い方をしたので、内心は苦笑しているのだ。

 加代は、公家とはいえ、若い男であったので、自分でも不思議なほど、心は落ち着いている。 
 その一方で、若い公家に、ご家老さまの命の嘆願をしたところで、果たして功を奏するものだろうか、という疑念も頭をよぎるのだった。

 加代は、不安を打ち消すように、キッと顔を挙げた。
「総督さま、わたしの話を聞いてくださいますか?」
「ああ、いいとも」
 公望は、女の激しい口調に、思わず、座り直していた。
                                (つづく)


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