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作品名:町娘と若侍の恋 作者:沢村俊介

第11回   加代と総督西園寺公望との出会い

 西園寺公望(きんもち)は、米子城の三の丸の書院にいた。
 退屈であった。
 脇息(きょうそく)に右ひじをついていた。

 副総督が、松江から帰ってきたのだが、簡単な報告しか受けていないのだった。
 副総督は短い報告をして、すぐに引き下がり、詳しい話は聞きようもなかった。
 それに、それ以降も、何の相談にもやって来ない。

 がともかく、副総督の川路利恭の報告によれば、松江藩が恭順のあかしとして、家老が切腹するという。
 公望(きんもち)は、拍子抜けしている。
 戦さにはなりそうもなかった。
 戦さで、多少は実績をあげられるかもしれぬと思っていたが、やはり、それは淡い夢であったようだ。

 天下の大政(政権)は、将軍家の徳川家から、朝廷に奉還されたのだ。
 仮に松江の松平藩が新政府に抵抗したところで、江戸城を無血開城した本家の徳川家から応援部隊が来るわけでもない。
 せいぜい今は、東北地方と越後の、奥羽越列藩同盟と呼ばれる佐幕藩の大同団結だけが新政府を脅かしているに過ぎない。

(所詮、われは公家の出身なのだ、薩長のお飾りでしかない…)
 西園寺公望は、自嘲的につぶやいていた。

 公望は、昼間は書院の障子を開け、庭を眺めることもあったが、今は閉めている。
 と、その障子の向こう、遠くの廊下のあたりから、人の声がするようなのだ。

「あれーっ!」
 甲高い声だ。
 公望には、その声が、何か若い女のような声に思えた。
 副総督の川路たちが松江から帰ってきた。それで宴会でも開き、そこに若い女でも呼んで、戯れているのであろうか。

「さぁ、ここまで、おいでなさいまし……」
 明らかに若い女の声だ。

「これっ、そっちは総督さまのお部屋じゃ、そっちへは行くな!」
「ほっ、ほほほほ!」
「戻れ、これ、こっちへもどれというに…」
「ふっ、ふふふふ!」
 公望は、すでに、聞こえて来る女の声に、脇息からひじを下ろし、半身を起こしていた。
 と、書院の窓から、女の顔がのぞいた。
 公望は、驚いた。

「これ、待て!」
 外から聞こえる男の声で、公望は思わず、立ち上がっていた。
 そして、書院の廊下の障子を、からりと開ける。
 
 廊下に、若い女が立っている。女は横顔を見せていた。女の視線の方を見遣ると、向こうからは、女を追っかけてきている男の姿があった。
 
 公望は、女に視線を戻した。女から、酒の匂いが、そして、香しい若い女の匂いが漂ってくる。それに、女の横顔に色気を感じた。

「おい、この女のことは、われに任せ。そなたは、宴席に戻ってよい」
 公望は、追ってきた男に、言い放った。
「はぁっ」
 男は、さも意外な、というような顔つきをした。
「何か、気に触ることでもあるのか?」
 公望は、胸を反らす。
「いや、何もございませぬ」
 やや不服そうな顔をしながらも、男は、廊下を戻っていく。

 女は、こちらを向いてはいたが、顔を伏せていた。
 さっきまでとは違い、いやに、おとなしい風情を見せている。

「ここは、寒い。中に入らぬか」
 公望は、そう女に言って、自ら先に書院の間に戻る。障子は開け放ったままにして。
 公望は、また、あぐらをかいて座り、脇息に右ひじをつく。

「そなた、何をしているのだ」
 中から、声がした。
 加代は廊下にすわり込んでしまっていた。座っていながら、どうしたものかと考えている。

 それにしても、総督さまは、いかにも若い。
 加代は、40歳前後だと予想していたのに。
 しかし、加代は、さっきの宴席での、幹部の話を思い起こしていた。
『総督さまはのぉ、おぬしと同じ18じゃ』
 そのときは、そんな若さで総督になれるわけがない、と思っていたのだが。
 加代は、ちらりと、部屋を見る。
 男がこちらを見ている。
 やはり、若い。
 それに、品のある顔立ちをしているように見える。
(あっ、やはり、これが三位中将さまだわ)
 加代は得心している。

 が、しかし、加代は、また顔を伏せながら、こんな若い大将に、ご家老さまの命乞いをしたところで、結局のところ、無駄ではないだろうかと思う。
 加代は、しきりに頭を左右に振っていた。
 さきほどの宴席で、しこたま、幹部連中たちから、お酒を飲まされてしまっていたのだ。そして、酔った頃、幹部たちから、総督は書院の間にいるということを聞き出し、城の中をうろうろしていたのだ。今、廊下にへたり込んで座っていると、また、一気に酔いが回ってきたような気がした。
 何とか、酔いを醒まさなくては、と思っているのだ。

「おい、そなた、どうしたというのだ。こちらへ来い、こっちへ入ってこい、そこでは寒かろう」
 中から、若い男の声がする。
 加代は、酒の酔いもあり、破れかぶれの気持ちになっていた。
(相手が若かろうと何だろうと、ともかく、ご家老様のお命を守ることが大切だわ…)
 加代は、書院に入り、そして、障子戸を閉めた。

「おお、やっと、来たか!」
「いいのでしょうか?、わたしのような者が入ってきても?」
「いやなに、われは、この部屋でひとり、退屈をしておったのじゃ」
 若い男が笑っている。
 加代は、その笑顔を見ていた。
 色が白い。軍之進よりも膚が白かった。
 近くから見ても、顔立ちはくっきりと整っている。加代には、相手の男が、歌舞伎の女形でも務まるような気がした。
                                (つづく)


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