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作品名:抱月と須磨子 作者:沢村俊介

第24回   須磨子をしきりに諭そうとする抱月

 抱月は、困っていた。
 相手から反応がないのだ。
(眠っているのだろうか?)

 抱月は、背を戻し、このまま寝ていてもしようがないと、半身を起こした。そして、ふとんの上にすわりなおした。
(どうすればいいのだ?)
 しきりに自分に問いかけるが、答えが出てこない。

 しかし、このまま座っているのも悪いと思い、正座をした。
 それから須磨子の方を見た。

 部屋の暗さに目が慣れてきたのか、須磨子の横顔が見えた。寝てはいないようだ、目が開いているようなのだ。

 言葉を選ぶようにして、抱月は、椅子に腰掛けている須磨子に語りかけた。
「君はまだ若い、未来がある。それに、女優としても将来がある。わたしは、教鞭を執りながら、妻子を養っていこうと思う。演劇の作家としての才能もないし、演出家としての才能もない。君はもっと、視野を広げて、大きく巣立って行って欲しい」

 須磨子は、抱月を見ていない。
(この人は嘘を言っている)
 と思った。
(あの手提げかばんの中味は何よ、新しい演劇の脚本を書こうとしているくせに…)

 須磨子が何も答えてくれないので、抱月は弱った。しかし、もう少し自分を貶めねば、須磨子は納得し、立ち去ってくれないような気がした。
 しかし、その気持ちとは矛盾はするが、須磨子のことを考えてやらねばいけないという気持ちもする。それで、須磨子の心を慰めようとする。
「もし、君が演劇をしたいのなら、わたしがいい演出家を紹介してあげるから」
 
 抱月は、この女は新しい役が欲しくて、わたしの後を追ってきたのだと思っている。わたしのことが好きでやってきたのではない。そう、しきりに思っている。そう思わなければ、わたしは耐えられぬと抱月は思っている。

(いい人を紹介してあげる、と言っているのだ。わるい話ではないはずだ…)
 そう思いつつも、まるで、判決を聞く前の被告人のような気持ちで、うなだれ、膝頭をしっかりと手でにぎりつつ、抱月は、須磨子の返事を待っていた…。
                                (つづく)


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