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作品名:抱月と須磨子 作者:沢村俊介

第22回   須磨子を前に気を失う
 
 部屋にかすかに風が流れてきた。
 その風に涙を乾かしてもらおうと、須磨子は顔を上げた。
 
 部屋が薄暗くなっていた。
(今、一体、何時なのかしら?)
 須磨子は窓辺へと視線を移す。
 薄暗さの中で、誰かいるような…。ぼんやりとながら、人影がみえるのだ。
 目を見張る。すると、顔だけが白く浮かんでいるように見えた。その顔は、しかし、白いというより青白かった。が、それはまぎれもなく、抱月のものだった。
 思わず須磨子は立ち上がって、そばに行った。
「どうなさったの?お顔の色がわるいわ」
 須磨子が覗き込むように言っている。

 抱月は力無く答えた。
「少し、考え過ぎたようだ、頭に酸素が回らなくなっている。考え込むと、こうなることがときどきあるんだ。だから、心配は要らないよ。でもしばらく、ここで休ませてくれないか」

「でも、その椅子では、からだがえらくて大変ですわ、少し横になってお休みになったら…」
「いや、ここでいい」
 まるで駄々っ子みたい、と思って、須磨子は苦笑している。

 須磨子は立ち上がって押入れに向かい、敷きふとんを出して部屋の真ん中にそれを伸べた。
「さぁ、横になって、お休みになって」

「構わないでくれって、言ったろう」
 窓辺の椅子に座ったまま、抱月は怒ったように、そう言い放った。

「じゃ、わたしがこの部屋から出ていきますわ。それなら、ここで安心してお休みになれるでしょうから…」
 須磨子は、本当に出ていきそうであった。
 抱月はあわてた。
「いや、君の方が疲れているんだ、出ていくなら、わたしの方だ」
 抱月はすでに椅子から立ち上がっていた。
 そして、窓辺から畳の上を数歩、歩き、出口の方へ向かおうとした。が、誰かが自分を止めようとしている。
 目の前に、女の髪があって、須磨子の匂いがした。抱月は、頭の中が真っ白になり、目がかすみ、その場で膝から崩れ落ちていた…。
                             (つづく)


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