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作品名:異聞 北条時宗の恋 作者:沢村俊介

第8回   (8)フビライに戦いを挑める者

 今は、国家存亡の危機ではないのか。
 安達泰盛とすれば、鎌倉幕府の求心力を弱めたくないのだろう。
 
 心に塞ぐものがあったが、時宗は、目だけが血走り、まるで眼の中で蝋燭の火が燃えているかのように感じた。

 時宗は、座禅を組む時のように、目を閉じた。
(もはや、兄のことではない、兄を操っている朝廷や公家どものことだ。彼の者たちの心肝を寒からしめねば、この国難を乗り越えられまいぞ)

 時宗は、まぶたを閉じている。にもかかわらず、闇の中で、蒙古(=元)の皇帝、フビライの顔の像が浮かんでいる。
 目鼻は、ぼんやりとしていて、わからなかった。
 しかし、何となく顔立ちはわかった。やや角ばった顔に見える。
 髪の毛は、さほど黒いとは思われなかった。

 フビライには、負けたくなかった。
そして、フビライに戦いを挑むのは、われだと思った。彼に挑む権利というものは、誰にも譲りたくなかった。

 フビライと刃を交わす資格のある者は、北条得宗家を正統に引き継ぐ、われのみだと思った。

 気分が高揚し、頬が朱に染まる。
 その頬の熱さの中で、ふと、己の傲慢さに気がつく。
 しかし、もはや、頬の熱さが、理性を覆い尽くしていた。

 時宗は、目を見開いた。
 そして、言い放つ。
「安達殿、蒙古に立ち向かうのは、われ一人のみにござる」

 時宗は、安達泰盛がにやりと笑ったように思えた。
 その顔に、侮蔑の表情を看て取っていたのだ。
 時宗は悔いた。
 やはり、われは、兄を蹴落とし、執権の座を守りたいだけなのだ。

 しかし、もう後には引けなかった。
時宗は、泰盛の皮肉な笑いを跳ね返すかのように、泰盛の顔に向かって、不敵な笑いを見せた。
 
 言葉には決して出さぬ。
 時宗は、目で、安達泰盛に言っていた。
『泰盛、そなたに、兄を殺せとは言ってはおらぬぞ。われが言っているのは、フビライに戦いを挑めるのは、われのみであって、兄にではないと、申しておるだけのことよ』

 時宗は、われが口を結び、あまりにじっと、にらむせいなのか、安達泰盛が視線を落とし、顔を青ざめさせたように思えた。
                 (つづく)


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