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作品名:異聞 北条時宗の恋 作者:沢村俊介

第7回   (7)執権の座を血筋のみで決めてよいのか
 
 われが、執権の座について、早や4年となる。
 時宗は、一瞬、この執権の座など、兄の時綱(ときつな)に譲ってもよいわ、と思った。

 しかし、安達泰盛がとても承知はすまいと思った。
 兄の時綱の母は、われの母とはちがい、身分が低かった。

それに、安達泰盛の妹は、わが妻となっているのだ。
 安達泰盛は、われの義兄にあたる。

 安達泰盛にとっては、兄の時綱よりは、義弟のわれの方が、身近な存在なのだ。

 いや、わが妻の父である安達義景が死んで、安達泰盛はわが妻の父ともなり、そして、執権見習いの時期から、至らぬわれを支えてきてくれた。
 安達泰盛にすれば、朝廷や足利氏と通ずる兄の時綱を、戴くはずもない。

 ならば、執権の座を義兄の安達泰盛に、譲るか?。
 時宗は自問自答している。

がしかし、すでに、北条家の一門が、足利家一門や安達家一門の上に立ってきた。それに、北条家一門の頂点に、北条得宗家が立ってきたのだ。
 言葉はわるいけれども、いわば、二段も下の安達家に、執権の座を譲り渡せば、幕臣たちが納得しないのではあるまいか。
 まず、北条家一門と安達家一門との争いが起こり、次に、足利家一門と安達家一門とのあいだで、争いが起こるであろう。

 なぜ、家と家が争わねばならないのか?。

 が、今は、北条本家の嫡男が執権の座を継ぐ、ということで、危ういながらも、家同士の均衡が保たれているのかもしれない…。

 時宗は、兄を殺せとも、兄に執権の座を譲るとも言えなかった。
 ましてや、己が執権としての誇りも持てない。

(果たして、われに、執権としての能力があるのだろうか?)
 苦悩が駆けめぐる。

 逡巡し、解決の糸口が掴めぬ己自身が情けなくて、時宗は、思わず、目に涙を浮かべた。

「ご同情なさるのは、わかりまするが」
安達泰盛の声が耳に入る。

(泰盛は誤解している。このわれの涙は、兄への哀れみではないのだ)
時宗は、そう思ったが、弁解はしなかった。

 弱気の心を抑えつつ、じっと、安達泰盛の顔を見た。
 その目が、『ご決断をなされませ』と促している。                                        (つづく)


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