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作品名:異聞 北条時宗の恋 作者:沢村俊介

第6回   (6)蒙古から国書が
 
 時宗は、また、寄り合い(会議)の場にいた。

「執権殿、蒙古の国書が、朝廷に届けられましたぞ」
安達泰盛が苦々しげに、つぶやいている。

 このところ、寄り合いは、3日と開けず持たれていた。
時宗は苦しげな表情を見せまいと、踏ん張っている。

 高い地位から言えば、朝廷があり、将軍がいて、3番目の位置が執権である。
 国書が朝廷に届けられたとて、何の不都合があろう、と時宗は考えていた。

 今までにも、国書はこの幕府に届けられていた。それをわれらは無視した。だから、蒙古は、今度は朝廷に届けたのであろう。
 安達泰盛は怒っているが、特段、朝廷とて、この鎌倉幕府を無視したのではあるまいに、と時宗は考えている。

確かに、父時頼の時代から、幕府の実権は、わが北条得宗家(北条本家)がにぎってきた。外交権が朝廷にあったとて、それは、それでよいではないか。幕府の執権は、国内の武家を掌握しておればよい。これ以上の権力を欲張って、何とするのだ。
 
 なんと気弱な、とは思いつつ、時宗は、内心、そんなことを考えていた。

「で、安達殿、それに対して朝廷のご裁定は?」
下座からの声に、時宗は、おのれの夢想から覚めた。

 見ると、北条実時が安達泰盛に質しているようであった。

「朝廷としては、戦(いくさ)は避けたい由にござれば、穏便なる内容で、蒙古に返書をしたためたい、ということでござるが…」

 時宗は少し、笑っている、わしが公家であれば、そうであろうな、と思う。
 公家たちに対して、かすかな蔑みが生じる…。
 むろん、おのれの気弱さにも、時宗は気づいている。

「そのような返書をしたためたとて、相手が攻めてくることは、わかりきったこと。公家どもが、考えそうなことではござる」
安達泰盛の声が耳に入ってきた。

 やはり、受けて立つしかないのか、時宗の額に皺が寄っている。
 時宗は、目を閉じた。
 と、父時頼の顔が浮かんできた。

『父上、やはり、戦は避けられませぬか』
時宗は、夢想の中で、父に問い質している。

『時宗、将軍ではなく、執権が武家の頭領となるのだ。国内の武家をまとめるのは執権の仕事ぞ。国外の兵と戦うのも朝廷や公家などではない、武家の頭領たる執権なのじゃ』
 父の声が、耳のすぐそばで聞こえる。

「時宗殿、何を考えておられます、もはや、躊躇はなりませぬぞ」
時宗は、おのれが問い掛けられているのに気づき、目を開けた。

 見ると、安達泰盛がこちらを見ていた。
 その目が、すわっているように見えた。

 時宗は頬を引きつらせながら、無理矢理、笑みを作ろうとした。幕臣たちに、いかにも、心に余裕がありそうに見せるために…。

「時宗殿、そのような有様では、時綱(ときつな)殿に、取って代わられますぞ」
安達泰盛の顔に怒りがある。

 時宗は、己が笑ったことを悔いた。
 別に安達泰盛を馬鹿にしたわけではないし、戦(いくさ)をしたくない、というわけでもないのだ。戦をして、蒙古に勝てる、という確証が持てぬ、ということだけなのだ。

「兄は……、いや、六波羅探題の南方殿が、いかがなされた?」
 時宗は、誰かに尋ねるともなく、聞いていた。

「時綱殿は、京の公家どもに抱き込まれておられますぞ。軟弱このうえない。和親返牒の張本人ですぞ」
 安達泰盛の顔が紅潮している。

「兄は、兄で、無駄な戦は避けたいと、思っておられるだけのことではないのか?」
 時宗は、落ち着こうとして、ゆっくりと話す。

安達泰盛が面を落している。
 が、キッとして、面(おもて)を上げた。
「時宗殿、父君は何と、仰せでありましょうぞ。得宗家を継ぐ者はただ一人。二人の頭(かしら)を戴くほど、今は悠長なる時ではありませぬぞ」

 時宗は己の顔が青ざめていくのがわかる。
 腋から冷や汗が、流れ出ていた。
(兄を始末せよと、申しておるのか、泰盛は…)
                             (つづく)


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