時宗は、また、寄り合い(会議)の場にいた。
「執権殿、蒙古の国書が、朝廷に届けられましたぞ」 安達泰盛が苦々しげに、つぶやいている。 このところ、寄り合いは、3日と開けず持たれていた。 時宗は苦しげな表情を見せまいと、踏ん張っている。
高い地位から言えば、朝廷があり、将軍がいて、3番目の位置が執権である。 国書が朝廷に届けられたとて、何の不都合があろう、と時宗は考えていた。 今までにも、国書はこの幕府に届けられていた。それをわれらは無視した。だから、蒙古は、今度は朝廷に届けたのであろう。 安達泰盛は怒っているが、特段、朝廷とて、この鎌倉幕府を無視したのではあるまいに、と時宗は考えている。
確かに、父時頼の時代から、幕府の実権は、わが北条得宗家(北条本家)がにぎってきた。外交権が朝廷にあったとて、それは、それでよいではないか。幕府の執権は、国内の武家を掌握しておればよい。これ以上の権力を欲張って、何とするのだ。 なんと気弱な、とは思いつつ、時宗は、内心、そんなことを考えていた。
「で、安達殿、それに対して朝廷のご裁定は?」 下座からの声に、時宗は、おのれの夢想から覚めた。
見ると、北条実時が安達泰盛に質しているようであった。
「朝廷としては、戦(いくさ)は避けたい由にござれば、穏便なる内容で、蒙古に返書をしたためたい、ということでござるが…」 時宗は少し、笑っている、わしが公家であれば、そうであろうな、と思う。 公家たちに対して、かすかな蔑みが生じる…。 むろん、おのれの気弱さにも、時宗は気づいている。
「そのような返書をしたためたとて、相手が攻めてくることは、わかりきったこと。公家どもが、考えそうなことではござる」 安達泰盛の声が耳に入ってきた。 やはり、受けて立つしかないのか、時宗の額に皺が寄っている。 時宗は、目を閉じた。 と、父時頼の顔が浮かんできた。
『父上、やはり、戦は避けられませぬか』 時宗は、夢想の中で、父に問い質している。
『時宗、将軍ではなく、執権が武家の頭領となるのだ。国内の武家をまとめるのは執権の仕事ぞ。国外の兵と戦うのも朝廷や公家などではない、武家の頭領たる執権なのじゃ』 父の声が、耳のすぐそばで聞こえる。
「時宗殿、何を考えておられます、もはや、躊躇はなりませぬぞ」 時宗は、おのれが問い掛けられているのに気づき、目を開けた。
見ると、安達泰盛がこちらを見ていた。 その目が、すわっているように見えた。
時宗は頬を引きつらせながら、無理矢理、笑みを作ろうとした。幕臣たちに、いかにも、心に余裕がありそうに見せるために…。
「時宗殿、そのような有様では、時綱(ときつな)殿に、取って代わられますぞ」 安達泰盛の顔に怒りがある。
時宗は、己が笑ったことを悔いた。 別に安達泰盛を馬鹿にしたわけではないし、戦(いくさ)をしたくない、というわけでもないのだ。戦をして、蒙古に勝てる、という確証が持てぬ、ということだけなのだ。
「兄は……、いや、六波羅探題の南方殿が、いかがなされた?」 時宗は、誰かに尋ねるともなく、聞いていた。
「時綱殿は、京の公家どもに抱き込まれておられますぞ。軟弱このうえない。和親返牒の張本人ですぞ」 安達泰盛の顔が紅潮している。
「兄は、兄で、無駄な戦は避けたいと、思っておられるだけのことではないのか?」 時宗は、落ち着こうとして、ゆっくりと話す。
安達泰盛が面を落している。 が、キッとして、面(おもて)を上げた。 「時宗殿、父君は何と、仰せでありましょうぞ。得宗家を継ぐ者はただ一人。二人の頭(かしら)を戴くほど、今は悠長なる時ではありませぬぞ」 時宗は己の顔が青ざめていくのがわかる。 腋から冷や汗が、流れ出ていた。 (兄を始末せよと、申しておるのか、泰盛は…) (つづく)
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