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作品名:異聞 北条時宗の恋 作者:沢村俊介

第3回   (3)安達泰盛と平頼綱の対立

「安達殿、今は、国難のときにござる。寺社もあらゆる調伏をしている最中ではありませぬか。日蓮の横暴を許してはなりませぬぞ」
平頼綱の声が、時宗の耳に入る。
 時宗は、平頼綱の横顔を見た。青白い。

 すると、今度は、安達康盛の声がした。
「頼綱、坊主の言うことなど、いちいち気にするでない。戦(いくさ)をするのは、武家ではないか」

「武家、武家と言われるが、御家人どもの足並みも乱れておるではありませぬか」
平頼綱が安達康盛に噛み付いている。

 そして、なおも、平頼綱が続けている。
「武家も、禅宗、律宗、浄土宗と、それぞれに信仰をしておりまする。それをかき乱す輩を放って置くのは、幕府の威信にかかわりまするぞ」
平頼綱は、最後は、顔をゆがめ、吐き捨てるように言った。

(幕府の威信とは、煎じ詰めれば執権の威信か)
と、時宗は苦笑している。

 安達康盛は、時宗の方は見ずに、平頼綱に向かって言っている。
「頼綱、では、そなたは、一体、どうすればよいと思うのじゃ?」

「幕府の威信にかけて、日蓮を罰するのでござる」
 平頼綱は胸を張って言う。

「ほーっ、頼綱は、日蓮を竜ノ口にでも引っ立てて、首をはねよ、とでも言いたいのか。それこそ、そなたは無間地獄に落ちるぞ」
「何の、戯言を。われは、幕府の威信で、寺社の乱れを治めねばならぬと、言っておるだけのこと」

 時宗は、言葉こそ発しなかったが、われも弱腰よな、と、己自身につぶやいている。そして、目を瞑る。

(日蓮を切るか。いや、しかし、釈迦牟尼仏の弟子を切って、果たしてそれで済むものか?)
時宗は迷っている。

(武家の頭領としての執権ならば切る。しかし、われは禅宗の徒とはいえ、仏教の徒にはちがいない。法華経を信じる日蓮とて、仏教の徒ではないか。同じ仏教の徒ならば、切れぬ)

「時宗殿、わしは、佐渡あたりに流せば、それでよいと思うがの」
安達泰盛の声が耳に入る。
 
 時宗は目を開いた。 
(時宗と呼ぶな、今は、執権と申せ)
時宗は、こちらを向いている泰盛の目を睨みつけた。

 がしかし、安達泰盛はまるで意に解さぬように、今度は、平頼綱の方を見ながら、言葉を継いでいる。
「わしは、切るまでには及ばぬと思うがの…」

時宗は、そういう安達泰盛の横顔を見た。

(われは執権という地位にあるが、優柔不断なところもある。が、先程の泰盛の目に、われに対する蔑みの色はなかった…)

 それで、時宗は、多少、安堵しながら、泰盛に向かって、口を開いた。
「仏の教えは、日蓮の申すような卑小なものではない。仏の教えとは、もっと寛大なものぞ」

 時宗は、しゃべりながら、己(おのれ)が激していると思った。
 胸から口許へ、口許から目へと、血が登って来る。
(そうなのだ。日蓮の教えのみが正しいとは、決して言えぬ…)

 目に熱を感じ、目玉が飛び出しそうになったので、己の激情を口から吐き出す。
「法華経のみが仏の教えとは、傲慢至極…」
時宗は、そう言い放つと、突然立ち上がった。

 安達泰盛と平頼綱は、ふたりとも、あっけに取られたような顔をしている。

 が、時宗は、二人の視線を無視した。
 席を立って、廊下に向かう。
 胸が高鳴り、床板を踏む足先が震えている。

(座禅を組まねば)
と、時宗は思った。(つづく)


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