時宗は、夢を見ていた。 夢の中で、時宗は、幼いおのれの姿を、斜め上の方から見ていた。 幼子(おさなご)は、廁(かわや)に向かっているようだ。 用が済んだらしい。 今度は、寝所の方へ、暗い廊下を戻っていく。
と、斜め上方向にいた時宗の魂は、舞い降りて、すんなりと、幼子の体内に滑り込んでいた。
暗い廊下を行く。 と、その時だった。廊下の隅から、ぬーっと出たものがあった。 「あっ!」 幼い時宗は叫んでいた。 『幽霊だ!』
幽霊は、白い布をかぶっていたようだ。 怯えた。逃げる。 逃げながら、泣き叫んでいる。
寝所に飛び込む。 父が寝ていた。 時宗は、父の寝ている布団の中に、勝手に、もぐり込んだ。
「なぜ、そのような真似をした」 父の声に、時宗は、思わず、布団から顔を出した。
見ると、父が母を咎めている。 あの白い布をかぶっていた者は、母であったのかと思った。 しかし、そうわかった今でも、恐くて、体が怯えていた。
「正寿丸(=時宗幼少の頃の名)は、北条得宗家を継ぐ者とおっしゃっているではありませぬか。ならば、もっと肝が太くなければなりませぬ。それがこの有様では、何としたものやら…」 母が父に愚痴をこぼしている。
「正寿丸、こっちに来い」 父の声に、引きずられるように、父の胸にすがっていった。父の胸は熱く、そしてとても温かかった。 その夜、正寿丸は、父の胸にすがって、眠った。
時宗は、目覚めていた。 (ああ、われは、安寿尼に対して…) 悔やんでいる。 (まずは、あやまらねば…。あやまって済むことではないが、ともかく、あやまらねば…) 心が苦しい。 (安寿尼は何というであろうか。もはや、いくら引き止めても、安寿尼はここを出て行くであろうな…)
時宗は、いやなことを忘れようと、しきりに頭を左右に振った。 が、からだそのものは、調子は良さそうである。 今は、胃の腑の痛みもない。
いやなことを逃れようとするかのように、さっきまでの夢を反芻していた。
父はやさしかったな、そういえば、船で伊豆かどこかに行ったことがある。その時、 酔いをしてしまったのだ。しかし、船底で寝ているとき、ずっと、父はそばに居てくれたものだ。
さらに思い出すと、その時、父は、確か、船底の板間の上で座禅を組んでいた…。
幼き頃、座禅を組む父のところに行くと、ひどく怖い顔をされて拒絶されたものだ。しかし、それでもなお、父の許に近づこうとすると、 「人の修業の邪魔をするな」 と、大きな声で一喝されたものだった。 だから、今、そばに居ても、座禅をしている父に甘えることが憚られた。しかし、時宗は、横になっていながら、気持ちが悪く、心細くもあって、恐る恐る、座禅をしている父の膝に手を伸ばした。 すると、父は、目を開け、笑った。 時宗は安心して、父の膝に置いた手に力を込めていった。 「父上、申し訳ありませぬ」 「なに、船など慣れれば、なんともないものじゃ、陸に居るものと思えば良い」 父は笑いながら、われの甘えを受け止めてくれたのだった…。 (つづく)
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