時宗は ふと我に返った。
寄合衆の席の場で、実時の死を知らされ、皆が出て行ってしまった後、己ひとりが部屋に残され、そのまま、己が横になっていたらしいことに気づいた。
時宗は立ち上り、障子を開けた。 月があった。 その月に向かい、北条実時の冥福を祈った。
(すまぬ、そちの申しておったように、高麗に攻め入るわけにはいかぬようじゃ、せいぜい博多に居て、敵の軍勢に立ち向かうしかないようじゃ……) 時宗は、実時を失った悲しみと、己(おのれ)の不甲斐無さとに、涙を浮かべている。 (所詮、わしは、この狭い鎌倉から抜け出せぬようじゃ。外を攻めるより、内輪を固めることが必要かもしれぬ。名主や百姓たちは、今、水田での稲作のほか、裏作として、 麦を作っているらしい。がしかし、われらは、いわば、このような狭い、猫の額のような土地にしがみついて生きていくしかないのではあるまいか。からだの大きい獅子ならば、広い草原で鹿や馬を追わねばならぬ。しかし、からだの小さい猫ならば、鰯(いわし)一匹とひとつまみの麦だけで食っていける、ということかもしれぬ…)
北条実時が亡くなってから、何日か経った後、時宗は血を吐いた。 そして、気を失っていた…。 明くる日、時宗は、山荘に運ばれていた。
なぜ、このようなところに押し込まれなくてはならぬのだ、と怒りが込み上げてきた。しかし、腰に鈍痛があり、立ち上がれなかった。
しかし、よくよく聞けば、この山荘の隣には、本堂も座禅堂もあるということで、怒りを、幾分かは鎮めることができた。 時宗は、そばに、ひとりの女がいるのに気がついた。 青白い顔をしていた。 白い頭巾をかぶっている。 病の床に伏したわれの面倒を看るために、付き添いを命じられた女なのであろうと、時宗は思った。
時宗は、その女に、障子を明けさせた。 空が青い。 雲が流れている。
「あの雲の向こうに行ってみたいものよ」 時宗はふと呟いた。 女が笑っていた。 (なぜ笑う?) 時宗は、その女の顔を、下から覗くように見た。
目の前にいる女は、頭巾はしているものの、まだ年は若いようだ。 しかし、枕元にいて、辛抱強く、われの看病をしてくれているようだ。 何か、相手をしてやらねばとは思うが、何を話してよいかわからず、時宗は戸惑っていた…。 (つづく)
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