時宗は、窮していた。
父上は、もはや、御家人たちに分けてやる山林山や田畑がないゆえに、金山や銀山を掘れと申された。 確かに、金山や銀山が掘り当たれば、御家人たちに、商人どもから、田畑を買い戻してやれるのにと思うが、それは夢の話でしかない。
とすれば、フビライの先手を取り、高麗に攻め行って、領土を取るしかないのか。 時宗は、目を瞑っていた。 が、何やら、異様な雰囲気を感じ、目を明けた。 燈心が揺れている。
「入れ!」 安達康盛が、障子の外の影に向かって、言い放っていた。 「北条実時様がお亡くなりになりました」 障子の外から声がした。 安達康盛、平頼綱が、顔を見合わせ、席を立っている。 時宗は動かなかった。実際、時宗は動けなかった。 二人が出て行く。
時宗は、一人、部屋に残され、がっくりと肩を落した。 心強い後ろ盾を失った悲しみが胸の内に忍びこみ、高麗に討ち入る味方を失ったことへの絶望感が体中に広がる。 時宗はひどく疲れたような気がした。 今は座禅を組む気力すら失われている。 今は、この部屋に誰もいない。 その場で、時宗は、身を横たえていた。 (虚しい。何もかもが虚しい…) 風があった。 その風音に、目をあけた。 風のため、障子が、ガタガタと鳴った。 その時、障子に人影が見え、障子が開けられた。 時宗は身を起こす。 人影が近づいて来る。
見知らぬ人間であった。 赤茶けた顔、雄角ばった顔、目が細い。
(だれであろう) と時宗は思った。
すると、目の前の男が、 「フビライ・ハーンである」 と言った。 時宗は身構えた。 (何をしに来た) と、目で訴える。
「わしの国に来て見ぬか」 目の前の男が立ったまま言う。
時宗は、横柄なやつ、と思う。 が、姿勢を正して、その男に向かって言った。 「わざわざ、わが国に参られたのか。されど、そなたが求められるようなものは、この国にはござらぬが」
「この国には、金があると聞くが…」 男は、やや小首を傾げつつ、言った。
「いや、あっても、わずかなもの」 「そうかな。では、金がなくば、形だけでも、わが国に朝貢(ちょうこう)をせぬか」 「三年に一度が、二年に一度、そして毎年となりましょうぞ」 向かいの男は、にやりと笑った。しかも、その男は、いつのまに用意されたのか、椅子に座っている。 時宗は、威圧されるように感じたので、己の座っている畳を高くした。
「わが国との戦に勝てると、お思いかな」 椅子に腰掛けた男の顔には、蔑むような表情があった。
それに負けぬように、時宗は言った。 「そなたのところの兵には、力がある。聞けば、訓練も行き届いておるそうな。それに、火薬もあると聞く。されど、われの兵にも、技がござる。武家としての誇りがあり、槍や兜がござる」 椅子の男が、やや視線を逸らした。 「されど、互いに兵を消耗してもならぬではないか」
「いや、そなたは、高麗や南宋の兵を使い、これらの国を疲弊せんというのがねらいでござろう」 「なにっ!」 赤ら顔が、間近かに迫り来たように、時宗は感じた。 (つづく)
「そなたとて、朝廷や公家たちの兵を使い、幕府の力を強めようとしているではないか。 所詮、そなたとて、北条得宗家を守ろうとしておるだけのことではないのか」 「そのお言葉は、そのまま、そなたにお返し致そう。そなたとて、ハーンの家が大事。そ して、モンゴル民族のみの繁栄を願っておられるのであろう」
燈心が揺れている。
「入れ!」 安達康盛が、障子の外の影に向かって、言い放っていた。 「北条実時様がお亡くなりになりました」 障子の外から家臣の声がした。 安達康盛、平頼綱が、顔を見合わせ、席を立っている。 時宗は動かなかった。実際、時宗は動けなかった。 二人が出て行く。
時宗は、一人、部屋に残され、がっくりと肩を落した。 心強い後ろ盾を失った悲しみが胸の内に忍びこみ、高麗に討ち入る味方を失ったことへ の失望感が体中に広がった。 時宗はひどく疲れたような気がした。今は座禅を組む気力すら失われている。 今は、この部屋に誰もいない。
その場で、時宗は、身を横たえていた。 (虚しい。何もかもが虚しい…) 風があった。その風音に、目をあけた。 風のため、障子が、ガタガタと鳴った。 その時、障子に人影が見え、障子が開けられた。 時宗は身を起こす。 見知らぬ人間であった。 赤茶けた顔、雄角ばった顔、目が細い。 (だれであろう) と時宗は思った。
すると、目の前の男が、 「フビライ・ハーンである」 と言った。 時宗は身構えた。 (何をしに来た) と、目で訴える。
「わしの国に来て見ぬか」 目の前の男が立ったまま言う。
時宗は、横柄なやつ、と思う。 が、姿勢を正して、その男に向かって言った。 「わざに、わが国に参られたのか。されど、そなたが求められるようなものは、この国に はござらぬが」
「金があると聞くが」 男は、やや小首を傾げつつ、言った。
「いや、あっても、わずかなもの」 「そうかな。では、金がなくば、形だけでも、わが国に朝貢(ちょうぐ)をせぬか」 「三年に一度が、二年に一度、そして毎年となりましょうぞ」 向かいの男は、にやりと笑った。その男は、いつのまに用意されたのか、椅子に座っている。 時宗は、威圧されるように感じたので、己の座っている畳を高くした。
「わが国との戦に勝てると、お思いかな」 椅子に腰掛けた男には、蔑むような表情があった。
それに負けぬように、時宗は言った。 「そなたのところの兵には、力がある。聞けば、訓練も行き届いておるそうな。それに、 火薬も。されど、われの兵にも、技がござる。武家としての誇りがあり、槍や兜がござる」 相手の男が、やや目を伏せた。 「されど、互いに兵を消耗してもならぬではないか」 「いや、そなたは、高麗や南宋の兵を使い、これらの国を疲弊せんというのがねらいでご ざろう」 「なにっ!」 赤ら顔が、間近かに迫り来たように、時宗は感じた。 (つづく)
「そなたとて、朝廷や公家たちの兵を使い、幕府の力を強めようとしているではないか。 所詮、そなたとて、北条得宗家を守ろうとしておるだけのことではないのか」 「そのお言葉は、そのまま、そなたにお返し致そう。そなたとて、ハーンの家が大事。そ して、モンゴル民族のみの繁栄を願っておられるのであろう」 (つづく)
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