(気怠い…) 時宗は、座禅をしながら、そう思っている。 座禅をしていても、雑念が生じる。 フビライとの対決のことで悩むのなら、それはそれで納得できることなのだ。
しかし、そんな悩みではない。身内のことなのだ。 それが、時宗には煩わしい。
土地のこと…。 恩賞のこと…。
なぜ、この国難のとき、誰もが、わがままを言い、自分のことしか考えぬのだ…。 我慢ということがないのかと、時宗には、すべてのことが腹立たしかった。 しかし、時宗は、今宵も寄合衆に呼び出されている。 席に着きながらも、なかなか落ち着かない。 早く、この場の嫌な雰囲気から解放され、ひとり座禅堂に篭りたいと思っている。 寄り合い(=会議)の議題ときたら、近頃は、いかにも気が滅入るものばかりだった…。 御家人たちに、蒙古との戦に、いかほどの奉公ができるか、注進状を出させることにしたが、その提出状況が芳しくない。 安達泰盛が口火を切っている。 「御家人たちから、これ以上、しぼり出せというのも酷な話ではありますまいか。彼(か)の者たちの窮状を救ってやらねば、博多の石塁の仕事もはかどりませぬ」 安達泰盛の意見に対し、平頼綱は、大儀そうに言っている。 「安達殿は、いつも御家人どもの味方じゃ。されど、反って、それが、御家人どもを甘やかしておることになりませぬか…」
「頼綱、何を言うか。御家人あっての幕府ぞ」 「では、安達殿は、何をなさりたいのでござるか?」
「徳政令を出すのじゃ」 「また、その話でござるか。それを申されるなら、徳政令などと仰々しい申し方をされず、救済令と申されよ」 平頼綱が、吐き捨てるように言った。
「お主のような者には、わからぬ。武士には武士の意地がある。施(ほどこ)しではなく、政事(まつりごと)としての御達し(おたっし)なのじゃ。だからこそ、武家は、異国警固の役目も果たそうという気になる」 安達泰盛は、平頼綱を納得させようとしている。
「それで、その政事というのも、商人どもに言わせれば、『貧乏くじを引かされるのは、いつもわれらじゃ。幕府のなされることは、いつも弱い者いじめじゃ』ということになる」 「よいではないか、商人たちが命を張って蒙古と戦うわけではない。命の代わりに、銭を出せと、申しておるだけのことよ」
(何と、安直な!) 時宗は己(おのれ)に向かって吐き捨てた。じれったい。 しかし、どうにもならぬ。
時宗は、目を瞑り、自問自答をしている…。 この度の戦では、御家人といわず、公家や寺社などの荘園を守る非御家人たちにも動員をかけた。しかし、彼らに報いる恩賞の土地はなかった…。 非御家人の武士たちには、公家や寺社に縋(すが)らせるしかあるまい。 幕府には、非御家人たちに恩賞を与えるほどの余裕はない…。 が、ともかく、僅かな土地にしがみつき、あるいは僅かな土地を手放して食うに食われぬ弱小の御家人たちを救うのは、まさしく幕府であり、執権としてのわれの勤めではないのか…。
きちんと座っているつもりなのに、時宗は、体がフラフラと横に揺れているように感じられる。 もどかしさと虚しさとで、頭が回らない。
「執権殿、ご決断をなされませ」 目を明けようしていた時宗に、ふと、安達康盛の声がした。 しかし、今の時宗には、その声を、かすかなものとしてしか受け止められない。 頭の中に残った、わずかな力で、時宗は答えている。 『それでよいのか、それでは成し崩しになる…』 しかし、それは、実際には、言葉にはなっていないので、安達康盛の耳には届くはずもない。
「蒙古とて、これであきらめたわけではござりますまい。ならば、これからの意気込みを絶やさぬ意味でも、この際、御家人たちを救ってやらねばなりませぬぞ」 安達康盛の声が、耳元で響いている。
時宗は、思わず、舌打ちをしそうになった。
しかし、かといって、御家人の窮状を救う手立てが思い浮かばないのだ…。 (つづく)
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