20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:異聞 北条時宗の恋 作者:沢村俊介

第14回   (14)商人たちを犠牲にしてよいのか

「安達殿、今は、われら武家と、朝廷・公家衆とで、土地の争い事をしていても、はじまりませぬ」
 北条実時が、安達泰盛に語りかけている。

「じゃと言って、実時殿の申されるように、高麗の土地を分捕って来るというのも、乱暴な話にござる」

 北条実時は、安達泰盛の言葉に引き下がろうとはしない。

「商家に頭は下げとうない」
 北条実時が苦しげに言っている。

「商家に頭を下げる必要はござらぬ。奴らの横っつらを質入れの証文で張り、その証文を焼き捨てれば、それで済むことにござる」
「それでは、執権殿の立つ瀬がない」

「では、どのような手立てがあると…」
 安達泰盛が問う。

「だから申しておる。高麗に攻め入り、土地を取ってくればよいと…」
 北条実時は、そう言い放って、安達泰盛から視線を逸らす。

時宗は、北条実時と安達泰盛の言い合いを聞きながら、身が縮む思いであった。
 この場を早く、立ち去っていきたかった。
 座禅堂に行き、一人になりたかった。

 時宗が、もじもじとしているのを察したのか、安達泰盛が正面を見据えている。
「時宗殿、まず、足元を固めることが先決にござりまするぞ。御家人どもの窮状をお救いなされば、やがて、彼の者たちも、執権殿に恩を感じ、一所懸命に働きましょうぞ」
時宗は、安達康盛の言葉に首肯きそうになった。

 しかし、北条実時がそばに居る。
 あまり、義兄の安達泰盛に甘い顔ばかりしてもならぬ。

 それに、借財を棒引きにされては、商家どもも納得しないのではないか、と思った。

「それぞれの申されること、おわかり申した。されど、われの考えがまとまらぬ。今、しばらく、ご猶予をくだされ」
時宗は、頭を少し、垂れた。

 己が情けなかった。
 
 頭は垂れている。しかし、頭の上に、父時頼の姿があるように感じられた。

 時宗は、目を瞑った。
 心の中で、目を明ける。
 すると、闇の中に、父の姿が浮かんで来た。
 
 父の顔をじっと見つめる。
 
 父の目は、『情けないぞ、時宗…』と告げていた。
                                  (つづく)


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 8562