「安達殿、今は、われら武家と、朝廷・公家衆とで、土地の争い事をしていても、はじまりませぬ」 北条実時が、安達泰盛に語りかけている。
「じゃと言って、実時殿の申されるように、高麗の土地を分捕って来るというのも、乱暴な話にござる」 北条実時は、安達泰盛の言葉に引き下がろうとはしない。
「商家に頭は下げとうない」 北条実時が苦しげに言っている。
「商家に頭を下げる必要はござらぬ。奴らの横っつらを質入れの証文で張り、その証文を焼き捨てれば、それで済むことにござる」 「それでは、執権殿の立つ瀬がない」
「では、どのような手立てがあると…」 安達泰盛が問う。
「だから申しておる。高麗に攻め入り、土地を取ってくればよいと…」 北条実時は、そう言い放って、安達泰盛から視線を逸らす。
時宗は、北条実時と安達泰盛の言い合いを聞きながら、身が縮む思いであった。 この場を早く、立ち去っていきたかった。 座禅堂に行き、一人になりたかった。 時宗が、もじもじとしているのを察したのか、安達泰盛が正面を見据えている。 「時宗殿、まず、足元を固めることが先決にござりまするぞ。御家人どもの窮状をお救いなされば、やがて、彼の者たちも、執権殿に恩を感じ、一所懸命に働きましょうぞ」 時宗は、安達康盛の言葉に首肯きそうになった。
しかし、北条実時がそばに居る。 あまり、義兄の安達泰盛に甘い顔ばかりしてもならぬ。
それに、借財を棒引きにされては、商家どもも納得しないのではないか、と思った。
「それぞれの申されること、おわかり申した。されど、われの考えがまとまらぬ。今、しばらく、ご猶予をくだされ」 時宗は、頭を少し、垂れた。
己が情けなかった。 頭は垂れている。しかし、頭の上に、父時頼の姿があるように感じられた。
時宗は、目を瞑った。 心の中で、目を明ける。 すると、闇の中に、父の姿が浮かんで来た。 父の顔をじっと見つめる。 父の目は、『情けないぞ、時宗…』と告げていた。 (つづく)
|
|