家臣たちは、どうしても、父の時頼とわれとを比較するようだ。
(父は父、われはわれではないか…) そうは頭の中で思っても、比較されることは胃の腑がよじれるほどにつらい。
時宗はふと、われに返った。 見ると、北条実時が口を開いている。
「寺社、寺社と言われるが、安達殿は、真っ先に、御家人たちへの恩賞をお考えではなかったのか」 「何を言われる。わしは、今、寺社への恩賞のことを申しておる」 「ならばよい。われらには、御家人、寺社、両方に良い顔をするような余裕はござらぬ。まして、寺社など、命を賭けて調伏したわけでもござるまい。むしろ、命を賭けて戦ったのは武家でござる。それに大切なことは、これからの戦(いくさ)のことにござる」
「なに、蒙古も、この度の大風に懲りて、当分は攻めては来ますまい」 安達泰盛が突き放すように言う。
「そのような悠長なことで、いかがしたものよ」 北条実時が、めずらしく感情を表に出し、声を荒げている。
時宗は、しかし、北条実時がわれに近い考えを持っていることに、少し安堵している。
「何を言われる」 安達泰盛が、そっぽを向く。
「ここで、強気に出ねば、蒙古に舐められてしまいますぞ」 北条実時が、安達泰盛に詰め寄る。
「何を申される。実時殿は、御家人たちの実情をご存じか。皆、戦をするほどの余裕はありませぬ」 「何と、弱気なことを言われることか」 「そのような申されよう、実時殿とて、許しませぬぞ」 安達康盛が、北条実時をにらむと、実時は胸をそびやかす。 安達康盛は、その視線をじろりと時宗の方に向けた。 安達康盛の視線の中に、時宗は、執権であるそなたがしっかりなさらぬからだ、という批判の気持ちが込められているような気がした。
時宗は、その安達康盛の視線を避けるかのように、目をつむった。
(父上ならば、どうなさる?) と考えた。 目の前に、父の顔が浮かんだ。 父が微笑みながら、われに語りかけてくださる。 『時宗、おぬしは、生れながらの執権ぞ。おぬしは、おのれの思うとおりにやればよいのじゃ』 時宗は目を開けた。 「まだ、蒙古との戦(いくさ)は終わってはおらぬ。武家や寺社への恩賞など、後回しでよい。今は、次の戦にそなえて、諸事万端、抜かりなきよう」 北条実時を見た。 神妙そうに、頭を垂れている。
安達康盛の顔に視線を移す。 うすら笑いを浮かべている。
時宗は怒りを覚えた。 「安達殿、不服でござるか!」 時宗は、己が大きな声を出しているのに気づき、はっとした。 (つづく)
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