「執権殿、寺社から調伏の恩賞の願いが出されておりまする」 さきほどから、平頼綱が平伏している。
(何か頼み事があれば、いやに低姿勢なのだ、頼綱は…)
「そうか…」 時宗は平静をよそおう。 (確かに、世間では、寺社の祈祷のおかげで神風が吹き、蒙古の軍勢が壊滅したと、うわさしているようではあるが…)
「さっそく、寄合衆を招集してくださりませ」 平頼綱はまだ、頭を上げぬ。
(そのようなもの、放っておけばよかろう。寺社とて、己のため、民のため、祈祷をしたに過ぎぬのではあるまいか。道を説く僧侶たるものが、俗世間の者と同じように、恩賞を授かろうなどと、戯けたことを申すなと、伝えよ) 時宗は、無言で平頼綱の頭をにらみつけている。 しかし、言葉に出して言っているわけでもなく、念仏に寄与している平頼綱に、時宗の気持ちが通ずるはずもない。
(執事の平頼綱でさえ、われ一人の決断に任せてはくれぬ。)
寄合衆、とりわけ、安達康盛や北条実時の意見なくしては、すべて、事が運ばぬようになっている。 時宗は、寄合衆の席にいた。 (平頼綱が、わが名をかたって、召集しただけのことよ)
しかし、時宗の前に座っている者といえば、相も変わらず、北条実時、安達泰盛、平頼綱の3人だけであった。もはや、誰が、どのようなことを言うのか、自然にわかってきた。 ただ、このような、わずかな人数の会合の席にいて、なおかつ、己が己の意見をはっきりと言えぬことに、時宗は、腹立たしさを覚える。
(身内の会議ですら、十分に物が言えぬとは…。われは、一体…)
時宗は、空(くう)になろうとした。 己が空にならなければ、寄合衆の面々の考えがわからぬし、己自身が、我執・偏見の考えを吐きそうな気がして恐ろしい。 時宗にとって、今、思うのは、寺社の恩賞など、まだ、放っておいてもいいではないか、ということだった。 むしろ、博多で戦った武士たちの恩賞を優先すべきである、と思うのだ。 いや、もっと言えば、まだ、戦(いくさ)は始まったかりだ。恩賞のことを議題に諮ろうとすること自体が、おかしいことなのだ。
しかし、それが、我執・偏見の考えなのか、執権として公平な判断なのか、空になって、推し量ろうとしていた。
時宗は、じっと目を閉じていた。
寺社への恩賞をと言いながら、今日は、平頼綱は、あまり、物を言わぬ。むしろ、安 達泰盛の口数が多い。 時宗は、平生(普段)は仲の良くない、安達泰盛と平頼綱とが、この件では、ぐるになって(共謀して)、寺社に有利な査定を行おうとしているのではないか、と疑っていた。(つづく)
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