電話のベルが静寂を劈くように短く鳴った。リビングのソファに身を埋め、今にも無意識の世界に溶けようとしていた自我が、その音に鈍く反応した。ベルが二三回鳴ったところでソファから立ち上がり、誰がこんな時間に、と少し不審に感じながら「はい」と電話に出た。時計を見ると十一時。電話があってもおかしな時間とは言えなかったが、でもこの時間に僕に電話を掛けてくるような人は思いつかなかったのだ。 「ニイヤマセイジ様のお宅でしょうか」 「はい、そうですが」 その声には聞き覚えが無く、感情を抑えた機械的な話し方だった。そこで僕はセールスか、と納得しかけたがそのすぐ後でそれは違う、と直感的に悟った。電話の向こうは妙に静かで、恐ろしい程だった。 「私はカセフユミという者です。決して怪しい者ではありません」 機械的な事に違いは無かったが、不快感を感じさせるような話し方では無かった。「セイジ様、大丈夫です。今に失くしたものは戻ってきます」 怪しい者じゃないと断っていながら、こんな事を急に言っては「怪しんで下さい」と言っている様にしか思えない。実際、僕には少し心当たりがあった。 「――カオリが・・・・・・?」 「私には分かりません。でも戻ってきます。あなたが今一番取り戻したいものは、いつかきっと。あとは直感を大切にして下さい」僕には意味が分からなかった。僕が今一番取り戻したいもの・・・・・・。「それでは大切なお時間を申し訳御座いませんでした。おやすみなさい」 僕は慌てて聞いた。僕は大事な事を何ひとつ聞いていないのだ。 「待って下さい、あなたは誰なんです?」 電話は切れていた。一人きりの空間に僕の声は誰の耳にも届く事無く宙吊りになって揺れていた。
|
|