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作品名:太鼓たたきと踊る日々 作者:せんぎ

第5回   パルプフィクションbQ 
「……が疎外しながら表明する事」
二〇〇一 八・二二 05:42 notebook page 9〜12

アンネ・フランクは彼女の避難生活を書き記し、それを読んだ多くの人は口々に歴史的意義のある作品と銘打った。
作品? 
一つ確かに言えることは、彼女が決して我々のために書いたんじゃないということである。彼女は彼女自身のために書いただけだ。あなたを感動させるためではないし、あなたのことを思い浮かべながら書いたのではない。あなたが勝手に感動しただけだ。
まったくのところ、妄想なんてお呼びじゃない。妄想? 真実? 希望? どのような呼称がついていようが構わないけれど、そういうものはなし。まずはこれが自分のために書かれていることをしっかりと認識すること。
アタマがおかしい? 
だいたい自分のことをどのような一人称代名詞で書けばいいんだろう?

わたしは、漠然と白い用紙を見つめている。わたしは二十歳であと三ヶ月ばかりで二一歳になろうとしている。時間は刻々と過ぎていく。
 漠然とした気分が、わたしの、わたしたちの上を通り過ぎていった。周りの論調は、いささか慈悲に欠けたものであるようにわたしには感じられた。もしくは、物事が定まるべきところで、定まっていないような奇妙な乖離といってしまってもいい。わたしはコデイン系の薬を使い、自己憐憫にどっぷりと浸かり、現実逃避に勤しんでいる。
 簡単に言おう。
わたしは一人ぼっちだった。わたしは孤独だった。誰からも必要とされていなかった。そしてわたしは誰も必要としていなかった。断絶している。まさに大海に浮かぶ、名も無き小さな島。まるでそこに住む忘れられた兵隊の生活のように。
これからのわたしには消耗され流れていく月日しか残ってないように思えた。うっすらと空が開けていく時間にそんな事を一人で考えている。
土から這い出したばかりの蝉が喧しく鳴く。

アタマがおかしい? まさにパラノイア? 
自己分析するのはさっさと止めて、自分の問題についてしっかりと考えるんだ。
分からないふりはなし。
問題? 
そんなものは分かっている。問題は自分が上手く周りにとけこめない事だ。自分の体の周りにだけぽっかりと空白が存在する事であり、それを埋めるための振る舞いはすべて徒労に終わり、世界は世界の在り様にしっかりと固定されている事だ。
そしてぼくは本当に調和したいと望んでいるのか? 
アタマがおかしい?
とにかく文章をこのノートブックに書き記す。自分自身と世界を繋ぐために。もしくはこれが世界だと思われる場所に自分が漂泊しているのだと感じるために。
それはたとえばこのようなもの。


雑貨屋の攻防


友人と二人で店をやることになった
僕がお金をいっぱいだして
友人はお金をまあまだした
つまらない話だとは思うけれども
まあ ここはひとつ語り始めよう
僕は食料品店がやりたかった
野菜を売る店
友人は日用品を売り出したかった
老人用オムツと、トイレ用芳香剤
意気揚々と運営会議 それらすべてを商おう
品物が所狭しと積み上げられる
けれどもいまだに
ここの働き手はいなかった
そこで我々は求人案内を載せる

生活雑貨から生鮮食品まで
消耗品から嗜好品まで
何でも揃う素敵なお店
明るく元気な人を我々は待望しています
一緒に楽しく笑顔で働きませんか?
              雑貨屋「一元堂」採用係まで

それから面接準備を開始する
奥の事務所に椅子を三つ、そうしてそこには机と電話、
飲料と煙草を用意もきちんと忘れずに
太陽は昇り、
電話は鳴り響き
扉はノックされる
一人目はどうみても十二歳以下の少年
声変わりもしていない男の子
友人が年齢を尋ねると
彼は自分を十八歳だと高らかに宣言する
僕と友人は顔を見合わせる
少年は我々が差し出したペプシコーラを三本
戦利品として持ち帰る
二人はため息をついた
まだ始まったばかりなので
煙草の煙、沢山立ち消える
やがて二番目の希望者が現れる時間
中年 小太りで眼鏡、つぶれた鼻、ステレオタイプな意地悪い顔
どうぞお座りください
その声とともに
彼は椅子をひょいとひっくり返す
質疑応答 返答はまるで咆哮
彼は後ろ向きに座り背中を誇示し
解読不能な声ならざる声
履歴書の希望欄には
意外な達筆
借金の 立替希望、寮希望
結果、丁重にお帰りを希望
そうして中年男は雪国で作られた男爵ジャガイモを二袋
不機嫌な顔で勝手に片手で持ち去った
三人目に現れる片言女性
まず日本の男がいかにだらしないか
その体験談を引いて繊細に説明する
涙と鼻水が語るところ 
フィリピンに強制送還された思い出の吹聴
日本にいる子供たちについて
ギャンブル依存症の日本人の旦那
フィリピンに残した子供たちと
彼女の祖国 永遠に若き配偶者の思い出
彼女は我々を糾弾する
雇用問題と外国人搾取について我々の意見とスタンスを求める
圧倒された我々はただ「はあ…」とだけ相槌を打つ。
子供たちにフィリピン風焼きそばを食べさせてあげたいと一言
陳列されている中から
一番高価なフライパンを自転車の前籠に入れ
彼女は自転車に乗って颯爽と帰っていく
我々はコーヒーを飲んだ
本当のところはビールが飲みたかった
夏はじりじりと辺りを焼いていた
ひっきりなしに煙草を吸い
やがて灰皿の中の煙草の気持ちを理解した
それから来る予定だった三人の面接希望者にいたっては
時間になっても現れない
我々はいささかうんざりしている
四人目はドレッドアタマ
我々は肩をがっくりと落とす
その髪の発酵臭が立ち込める
彼の志望動機を聞いたならば
講釈師よろしく持論の展開
ボブ・マーリーは
世界で十二番目の神さまの生まれ変わりだとの主張
ホワイトボードに幾何学的図形を書いてそれを用い
宇宙の成り立ちについて我々に説明する
宇宙を司る普遍的存在者はそこかしこに漂う、
彼の語調は熱を帯び始める
髪を振り乱し、やがて彼は呪文のように
祈りを始める
ボードに書かれた残骸は、
シャーマニズムや世界樹思想、浄化作用にイニシエーション
隅から隅まで書かれ真っ黒な落書きに成り果てる
そして黒い落書きの上を指でなぞり
ラブ アンド ピース 
白く縁取る最後の言葉を飾る
真っ赤な瞳 
満足げに彼は自ら書き記した言葉を眺める
ついでにと言った感じでゴルフボールが何故あんなに飛ぶか話してくれた
唐突に携帯電話で言葉を交わし
まああんたらも、しけた顔しないでさ
もっとうまくやんなよ 
それから商品リストにゴルフボールも加えなくちゃ成功はしないぜ
陽気な声で忠告する
そして化粧落としの洗顔剤を かばんに入れて歩き去る
やがて辺りは夕暮れ時 道往く人は帰途の途中
二人はぐったり疲れはてる
通りにいる人々を大勢
次から次に集めて回って
店中の新品と日用品と、
新鮮な食材を使い
料理をして、みんなで食べる事とした
初めは大きな円座があった 
やがてそれらは細胞みたいに分裂していった 
そこかしこから歌声、手拍子 うめき声
人々は増えたり減ったりきりもなく
せわしい宴が夜通し続く
騒ぎの途中友人は
事務員姿の女の子と消え 
僕は空疎なおしゃべりを
あたりかまわず吐き散らす
酔いつぶれ 夜が明け 響くのは鼾とひそひそ話だけ
やがては朝日の洪水と、汚れ散らかる店の床
ぼやけた意識で考えて
戻ってきた友人と確認し合う 
店は知人の知人の知人に売った
 どうやら繁盛しているらしい
 レジスターには片言女性とドレッド頭 常連客は宴の参加者
 その後友人はこの町をあとにした
その店の話が話題に上るたびに 
ぼくは複雑な気分になる
  
  すでに時計は七時を回り、太陽はすでにその強さを増している。これぞ夏といった一日が始まる予感がする。シャワーで汗を流し、わたしはしばらく短い眠りにつくだろう。
こうして無感動な一日のボルトが廻る。
そういうのってまさにヨハン・ジェイコフ的とは思わないか?



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